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2009年1月30日 (金)

関係性の障害

Photo 会社で障害者の雇入れを担当して1年半、就職面接会も含めれば100人余りの面接を経験する中で、最近、特に聴覚障害者の応募が増えてきました。

とはいえ、いきなり聴覚障害者自体が増えるはずもないので、それだけ障害者雇用が進展したのか、あるいは「派遣切り」や「内定取り消し」がニュースとして伝えられる中で、障害者もまた職を失って再就職に臨んでいるのかも知れず、でも、会社に提出された「履歴書」を見る限り、そのような様子は無いようです。

身体障害者、特に聴覚障害者は、知的障害者や精神障害者と違って、現場の理解は比較的得られ易いのですが、一般の企業と異なり、取引先店舗で不特定多数のお客様と接点を持つ仕事をする場合、特性的に非常に困難が付きまといます。

それはこういうこと。そもそも聴覚障害が、①情報(フォーマル/インフォーマル)の障害 ②コミュニケーションの障害 ③関係性の(相対的な)障害 という特性を持つ障害であることからくる課題が大きいからです。

それでも昔に比べれば、①情報の障害は、伝達手段のIT化により、又、ユニバーサルデザイン化による職場環境改善の工夫によって、飛躍的の改善されたし、②コミュニケーションも、仕事をする上で最低限必要な部分は筆談、その他ですることが可能なわけですが、③の関係性の構築がなかなか難しく、就労あるいは職場定着を阻む最大の原因となっています。

そういう意味では、手話を社内の「公用語」にするなど、特例子会社を中心に、関係性の構築に本気で取り組んでいる 『よい会社』 もある反面、例えば、Kidsの会社では、会社の障害者雇用についての考え方自体が「総論賛成、各論反対」、現場は、お店の責任者によって理解と無理解の幅が大きく、さらに取引先のお店そのものが障害者に対して偏見があったり、お店がよくても、不特定多数の「お客様」の一人でもが、障害を持つ従業員に不満や不信を示してクレームをつければ、『神様』 に反論は一切できない現実があり、雇用は遅々として進まない状況にあります。

また、手話そのものについても、聞いたところでは、生まれつき、あるいはそれに近い段階から手話に親しんできた、言うなれば 「ネイティブ」の手話 と、成長の過程または事故等で、あるいは障害者とのコミュニケーションの手段として学んだ手話とは、それこそネイティブと日本人の英語ほどの開きがあるといいます。 だから手話がいらないということではありませんが、一考に価する問題ですね。

しかし、先ほどの話に戻れば、私達が聴覚障害者に真にこの会社で働いて欲しいと思うとき、手話を使うということは 「あなたと話がしたい」 という意思表示そのものです。そして、その行為は、障害者にとっても、仕事上のコミュニケーションを越えて <自分自身の存在価値を実感でき、人とつながっていることを実感できる> 関係性の障害を打ち破る重要なキーとなるに違いありません。

要は、私たち一人一人の、その会社の、社会の意識そのものが、関係性を創造するし破壊もするということです。

想像してみましょう。

その1) 休憩時間に仲間どうし雑談で盛り上っていてしばしば笑い声も聞こえる中、聴覚障害者Aさんは、笑い声すら聞き取れませんが楽しげな雰囲気は感じていて、仲間の肩をつついて 「ねぇ、何の話?」 と紙に書いて質問します。 肩を叩かれた方は 「うん、B子がさあ、・・・・・・・・」 と説明してくれましたが、また、元の仲間の方を向いて話を続けました。

その2) 休憩時間に仲間どうし手話で盛り上っていてしばしば笑い声も聞こえる中、健常者Cさんは、全く何の話だか分からず、仲間の肩をつついて 「ねぇ、何の話?」 と大きくはっきり口を開けて質問します。肩を叩かれた方は 「うん、B子がさあ、・・・・・・・・」 と紙に書いて説明してくれましたが、また、元の仲間の方を向いて手話を続けました。

関係性の障害は 「悪意のない無視」 のようなものです。

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2009年1月26日 (月)

頭が先か? 身体が先か?

Photo 2009年最初の月は、終始、心身の不具合に悩まされ続けました。

前半は、体調こそそこそこでありながら、公私ともに(特に無理してまでやることの少ない私的局面で)気力が出ないまま、絶えずガソリン不足を感じながら、騙し騙し自分という名の車を運転しているような状態。

後半は、札幌行を契機に、エネルギーは多少戻ってきたのにも関わらず、体の方が絶不調! 特に、先週の土曜は風邪で一日中全くベッドから起き上がることが適わず、38度を超える発熱とともに強い吐き気に襲われて、深夜から日曜の明け方にかけてトイレ通い三昧の有り様でした。

それでも、小康状態の合間、昨年7月より受講してきた厚生労働省「平成20年度 キャリア・コンサルタントの資質確保体制整備事業~実務研修制度」試行的実務研修が最終回を迎えるとあって、修了証書を貰いに渋谷まで出かけてきました。

総括研修と銘打った最終回のプログラムは、前半が研修グループごとの総括、そして後半はクロスグループ・ディスカッションといって、研修グループをシャッフルし、新たに出来たグループに対して、指導者が討議テーマを提示の上でグループ・ディスかションするというもの

こう言うと何ら格好いいですが、実際はシャッフルしたはいいものの、時間不足と運営方法の拙さで一言二言発言したらハイお仕舞い、で即発表みたいな、バタバタ(ワサワサ)したディスカッションと発表でした。

それでも、さすがに皆目的意識を持って受講してきた研修生、結構いい意見が出ました。

例えば 【キャリア・コンサルティングを普及させるためには】 というテーマでは、キャリア・コンサルティング活動の社会的PR、行政の取組み、といった誰もが思いつくものに加えて、「雇用保険でキャリア・コンサルティングを受けられるようにする」 「弁護士会のようなコンサルティング・ファームを設立する」 「キャリア相談をハローワーク等厚生労働省管轄だけでなく、もっと市民に近いレベルで実施する」 といった声が挙がっていました。

又、【キャリア・コンサルタントの専門性とは】 というテーマでは、キャリア・コンサルタントどうし、あるいは所属団体どうしのネットワークということが盛んに言われていた中で、「総務省、及び厚生労働省の職業分類にキャリア・コンサルタントという項目がないこと自体が、キャリア・コンサルティングに関して行政が本腰を入れて取り組んでない証拠」 と決め付ける方もいて、”え、そうなの?” と己の不勉強を知るオチまでつきました。

Kidsの意見では、この日本でキャリア・コンサルティングが日常的に行われるようにするためには、行政やキャリア・コンサルティング協議会等関係団体、そして私達キャリア・コンサルタントの努力に加えて、企業に対する働きかけが不可欠だと思います。

国が「サラリーマンの便益を図る目的」で健康保険や雇用保険、税金等を給与天引きというシステムで作ったように、先の「雇用保険でキャリア・コンサルティングを受けられるようにする」は未だ議論の余地があるように思われますが、何か社会的システムとして機能させる必要があると思量します。

というのは、誤解を恐れず言ってしまえば、この国において、企業という単位は新たな社会サービスを普及させるにあたって、極めて有効に機能する可能性の高い「媒体」であり、これを活用するのが早道だと思われるからです。

しかし、残念ながら、殆どの企業は利益を追求することを至上目標としていますので、インセンティブを受けられないサービスには難色を示します。(障害者雇用が思う通りに進まないのも、この点が不十分であるからだと私見します)

逆に何かインセンティブを与えれば、キャリア・コンサルティングは急速に普及し、その結果、キャリア・コンサルタントの専門性が深まり、キャリア・カウンセリングやメンタル・マネジメントが多くの企業で実施されて、今のかなりの社会問題が沈静化に向かう。

なんて、ちょっと楽観的過ぎるかと思ったりもするのですが

今からそうなった時のことを考えて、せいぜいキャリア・コンサルティング能力を高めるよう研鑽に努めることにします。(笑)

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2009年1月10日 (土)

新年のスタート

Photo 新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。

と言っても、もう松の内も過ぎていますが(苦笑)

どうも昨年の暮れから体調も含めて、と言っても体調はそれほど悪いわけではなくて、されどどうも何事もやる気が起こらず、正直ブログを書くことすら面倒くさい気分。 今もかなり義務感でやっています。

何でしょうね?

詩人の谷川俊太郎さんが「沈黙のまわり」というエッセイで書かれていた ”我々は生き続けようとして生活し、正にその生活によって、生を失いつつあるのだ” という言葉に妙に共感する自分がいて、”毎日毎日退屈で非人間的な勤め”をしながら、一方で他人のキャリア支援をしようとする自分に矛盾を感じてしまったというか

年末年始で好かったのは、特に三が日の天気が良かったことと箱根駅伝ぐらい。  個人的には早大が負けたのにはややガッカリですが

そう、感動することが少なくなりました。

まあ、生来情緒的人間なので、それでも人より感動する場面が多いのかもしれないし、ようやく人並みになったのかもしれないけど・・・ Kidsを行動に駆り立てるものは、与えられるものではなくて得るもの、モノではなくて感動の量なのかもしれない。 それが減った分、エネルギーが補填できなくて行動に支障をきたしているのかもしれないなどと、想いを巡らしたりしています。

さて、来週はまた大好きな北海道に行く予定です。

キリリと引き締まった寒空の下で、友に会い、美味しいモノでも食べて、エネルギーの補充をしてきます。

新年のスタートは、遅まきながらそれからです。

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