関係性の障害
会社で障害者の雇入れを担当して1年半、就職面接会も含めれば100人余りの面接を経験する中で、最近、特に聴覚障害者の応募が増えてきました。
とはいえ、いきなり聴覚障害者自体が増えるはずもないので、それだけ障害者雇用が進展したのか、あるいは「派遣切り」や「内定取り消し」がニュースとして伝えられる中で、障害者もまた職を失って再就職に臨んでいるのかも知れず、でも、会社に提出された「履歴書」を見る限り、そのような様子は無いようです。
身体障害者、特に聴覚障害者は、知的障害者や精神障害者と違って、現場の理解は比較的得られ易いのですが、一般の企業と異なり、取引先店舗で不特定多数のお客様と接点を持つ仕事をする場合、特性的に非常に困難が付きまといます。
それはこういうこと。そもそも聴覚障害が、①情報(フォーマル/インフォーマル)の障害 ②コミュニケーションの障害 ③関係性の(相対的な)障害 という特性を持つ障害であることからくる課題が大きいからです。
それでも昔に比べれば、①情報の障害は、伝達手段のIT化により、又、ユニバーサルデザイン化による職場環境改善の工夫によって、飛躍的の改善されたし、②コミュニケーションも、仕事をする上で最低限必要な部分は筆談、その他ですることが可能なわけですが、③の関係性の構築がなかなか難しく、就労あるいは職場定着を阻む最大の原因となっています。
そういう意味では、手話を社内の「公用語」にするなど、特例子会社を中心に、関係性の構築に本気で取り組んでいる 『よい会社』 もある反面、例えば、Kidsの会社では、会社の障害者雇用についての考え方自体が「総論賛成、各論反対」、現場は、お店の責任者によって理解と無理解の幅が大きく、さらに取引先のお店そのものが障害者に対して偏見があったり、お店がよくても、不特定多数の「お客様」の一人でもが、障害を持つ従業員に不満や不信を示してクレームをつければ、『神様』 に反論は一切できない現実があり、雇用は遅々として進まない状況にあります。
また、手話そのものについても、聞いたところでは、生まれつき、あるいはそれに近い段階から手話に親しんできた、言うなれば 「ネイティブ」の手話 と、成長の過程または事故等で、あるいは障害者とのコミュニケーションの手段として学んだ手話とは、それこそネイティブと日本人の英語ほどの開きがあるといいます。 だから手話がいらないということではありませんが、一考に価する問題ですね。
しかし、先ほどの話に戻れば、私達が聴覚障害者に真にこの会社で働いて欲しいと思うとき、手話を使うということは 「あなたと話がしたい」 という意思表示そのものです。そして、その行為は、障害者にとっても、仕事上のコミュニケーションを越えて <自分自身の存在価値を実感でき、人とつながっていることを実感できる> 関係性の障害を打ち破る重要なキーとなるに違いありません。
要は、私たち一人一人の、その会社の、社会の意識そのものが、関係性を創造するし破壊もするということです。
想像してみましょう。
その1) 休憩時間に仲間どうし雑談で盛り上っていてしばしば笑い声も聞こえる中、聴覚障害者Aさんは、笑い声すら聞き取れませんが楽しげな雰囲気は感じていて、仲間の肩をつついて 「ねぇ、何の話?」 と紙に書いて質問します。 肩を叩かれた方は 「うん、B子がさあ、・・・・・・・・」 と説明してくれましたが、また、元の仲間の方を向いて話を続けました。
その2) 休憩時間に仲間どうし手話で盛り上っていてしばしば笑い声も聞こえる中、健常者Cさんは、全く何の話だか分からず、仲間の肩をつついて 「ねぇ、何の話?」 と大きくはっきり口を開けて質問します。肩を叩かれた方は 「うん、B子がさあ、・・・・・・・・」 と紙に書いて説明してくれましたが、また、元の仲間の方を向いて手話を続けました。
関係性の障害は 「悪意のない無視」 のようなものです。
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