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2009年3月29日 (日)

ある人生

Photo 叔父が亡くなりました。 67歳でした。

叔父は、東京工業大学出身、成績優秀にして、富士製鉄(現 新日本製鉄)に入社の際には社費で大学院まで行かせてもらったそうです。

入社後もその期待を裏切らず職務にまい進、機械設計や製造ラインの改良、公害対策、その他に携わり、技術部長にまで出世しました。

ところが、どういう経緯があったのか、その3年後に関連会社に出向、専務という肩書きながら、以前のような 「やりがい」 は薄れてしまったようで、山登りや読書など趣味に 「生きがい」 を見い出すようになりました。

そして、この辺りから ”足が痛い” ことを訴えるようになったといいます。 当時、姉である母と私が久しぶりに室蘭を訪れたときは、表面上はいささか歳を取った程度でしたが、リビングのテーブルの下にスリッパ風の足を温める器械が置いてあったのを覚えています。

その後、暫くは、公私共に忙しく、消息を聞く機会もあまりありませんでしたが、今から5年前に脳梗塞に羅患していることを伝えられました。 以前からの ”足が痛い” もその一端であったそうです。

また、ショッキングなことには、その後、アルツハイマーを発症し、これが急速に進んで他人のことが分からなくなりました。 それでも不思議なことに、母が見舞いに行き ”私が誰か分かる?” と尋ねると ”姉ちゃん” と答えるのでした。

しかし、歩行も全く困難になった叔父は、イライラが募るのか大声を上げたり、物を投げつけたりするようになり、そのせいか病院を転々としたあげく、とうとう誰も分からない状態に陥りました。 後は階段を転げ落ちるように病状が悪化。

そして、暫くぶりに聞いた消息が冒頭の ”亡くなった” であったのです。 (母は、ときどき叔母と連絡を取っていたようですが)

昨日は告別式に出席し、納棺時に同葬品を入れる際、諸々の愛用品とともに数十枚の表彰状や資格証をお棺に納めました。 図面・数式など、理科系でない私には読んでもチンプンカンプンでしたが、これだけをとっても、会社が見込んだとおり、特別な頭の持主だったのでしょう。

超エリートだっただけに、突然出世コースを外れたショックも、私たちの想像以上のものであったのかもしれません。 人生仕事だけではないと気持ちをシフトしかけてままならず、それが顕在化した病気だったような気がします。

人生いろいろ、音楽葬といって僧侶のいないアットホームな雰囲気のなかで、叔父が好きで自分の結婚式に自ら歌ったという 「テネシーワルツ」 が静かに流れていました。

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