夢の変容
今回の夢も、これまで同様に「間に合わない」焦り (例えば、①誰かを助けに行こうとしているのに ②期限が迫っているのに ③急用があるのに) がある点は変わりませんが、違うのは、「行きたくない」・「間に合わなくても仕方がない」気持ちがあったこと
具体的には、夢だから訳が分からないところが多いのですが、多分、仕事ではなく学校に行こうとしていて「間に合わない」 でも、行きたくない。そしたら、いつの間にか、銭湯だか温泉だか大きな湯船に入っていて、でも寛げず、内心焦っている。 そこに仲間が大勢入ってきて、”いいじゃなない、ゆっくりしようよ” とばかりに笑う。 で、本人も ”まぁ、いいか” と(笑) そうこうすると、場面が変わり、今度は、古びた木の廊下を、恐る恐るといった足取りで教員室?に向かっている。?????
と夢はここまでですが、何だか「仲間」といった「支援者」が現れたせいか、「焦り」あるいは「恐れ」の程度が軽くなったような気がしました。また、起きたときの気分の悪さは相変わらずですが、圧迫感が減ったような気もしました。
もしかすると、最近、出来る限り、身体だけじゃなくて気持ちのリラックスに心掛けている効果が出てきたのかもしれません。
自分には、良いところも悪いところもあり、好きなところも嫌なところもあるけれど、それが自分(私が認識している自分)、人の意見は聞いても、その取捨選択をするのも自分、だと思うと、少しだけ気分が楽になります。
しかし、自己認識に仲間(支援者)の存在は大きいようです。『人は相手の気持ちに寄り添うことは出来ても、相手に同化することはできない』 それでも、周りがあってからこそ、「自分は自分」たることができます。
逆の立場になって考えると、例えば、カウンセリングをする際に、”すべての人間は、自分自身のなかに、個人的にも満ち足りた、社会的にも建設的な方向に、みずからの人生を導いていく能力を持っている。ある特定のタイプの援助関係のなかで、その人間が自由にみずから内面の智恵と自信を発見していくように援助していけば、その人びとは、ますます健康で、ますます建設的な選択をする” といった観点から、最も信頼される「仲間」になることは、極めて重要な意義を持つことでしょう。
それには、もっと懐の深い、器の(大きいだけでなく)確かな人間に、己が成長しないといけませんね。
「道なお険し」といったところです。(泣)
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