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2009年5月31日 (日)

夢の変容

Photo_2 久しぶりに記憶に残る夢を見ました。

今回の夢も、これまで同様に「間に合わない」焦り (例えば、①誰かを助けに行こうとしているのに ②期限が迫っているのに ③急用があるのに) がある点は変わりませんが、違うのは、「行きたくない」・「間に合わなくても仕方がない」気持ちがあったこと

具体的には、夢だから訳が分からないところが多いのですが、多分、仕事ではなく学校に行こうとしていて「間に合わない」 でも、行きたくない。そしたら、いつの間にか、銭湯だか温泉だか大きな湯船に入っていて、でも寛げず、内心焦っている。 そこに仲間が大勢入ってきて、”いいじゃなない、ゆっくりしようよ” とばかりに笑う。 で、本人も ”まぁ、いいか” と(笑)  そうこうすると、場面が変わり、今度は、古びた木の廊下を、恐る恐るといった足取りで教員室?に向かっている。?????

と夢はここまでですが、何だか「仲間」といった「支援者」が現れたせいか、「焦り」あるいは「恐れ」の程度が軽くなったような気がしました。また、起きたときの気分の悪さは相変わらずですが、圧迫感が減ったような気もしました。

もしかすると、最近、出来る限り、身体だけじゃなくて気持ちのリラックスに心掛けている効果が出てきたのかもしれません。

自分には、良いところも悪いところもあり、好きなところも嫌なところもあるけれど、それが自分(私が認識している自分)、人の意見は聞いても、その取捨選択をするのも自分、だと思うと、少しだけ気分が楽になります。

しかし、自己認識に仲間(支援者)の存在は大きいようです。『人は相手の気持ちに寄り添うことは出来ても、相手に同化することはできない』  それでも、周りがあってからこそ、「自分は自分」たることができます。

逆の立場になって考えると、例えば、カウンセリングをする際に、”すべての人間は、自分自身のなかに、個人的にも満ち足りた、社会的にも建設的な方向に、みずからの人生を導いていく能力を持っている。ある特定のタイプの援助関係のなかで、その人間が自由にみずから内面の智恵と自信を発見していくように援助していけば、その人びとは、ますます健康で、ますます建設的な選択をする” といった観点から、最も信頼される「仲間」になることは、極めて重要な意義を持つことでしょう。

それには、もっと懐の深い、器の(大きいだけでなく)確かな人間に、己が成長しないといけませんね。

「道なお険し」といったところです。(泣)

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読書

Photo 私の趣味の一つに読書があります。

趣味というよりは、1年365日、本を開かない日は「ありえない」ので、習慣といってもいいかもしれません。

読む時間は、1日平均1時間程度。 本当は、通勤時も読みたいのですが、首都圏のラッシュアワーという極めて非人間的な環境を強制されるなかで、それは到底無理。 だから、主に昼食後、外出時、そして、就寝前を読書に当てています。

それが可能なのは、昼食の時間が、15時に行ければ早い方といった按配で、職場の同僚と「つるんで」行かなくてすむことと、外出の際に単独の場合が多いため、気兼ねなく本を読むことができるせいです。 それと、子どもの時分から、「寝る前は読書」と決めているので、時間の確保に苦労することはありません。

ジャンルは、何でも。 でも、ノンフィクションよりはフィクション、小説が好きでビジネス書は苦手です。

ビジネス書が苦手というのは、つまり、読書という行為は、極めて個人的なもので、読者が抱く個別的なイメージはそれぞれ違うのだから、それを相対化し普遍的な共通項で括ったり、筆者の体験だけで 「こうすれば、うまくいく」 みたいなことを言われると、鼻持ちならない気がするからです。

一方、専門書はよく読みます。 社会、心理、文化系が多いです。

小説は、基本的には何でも来い(笑)ですが、「量産」小説なら雑誌のゴシップの方がまだマシ。 テーマが明快で、筋がしっかりとしていて、確かな重心があり、文章に難解さがなくて、しかも上手い、プラス、エンターテイメント性があれば、よりベターです。

そこで、勝手に最近のお気に入りをまとめてみれば

佐々木 譲、今野 敏、柴田 哲孝、誉田 哲也、伊坂 幸太郎、奥田 英明、海堂 尊、広川 純、乙川 優三郎、山本 一力、宇江佐 真理、澤田 ふじ子、宮部 みゆき、志水 辰夫、村山 由佳、森 絵都、恩田 陸、長島 有

こんな感じ、漏れているのもあると思うけど あ、そうそう、村上 春樹は別格扱いです。 ほとんど信者に近いですね。

また、谷川 俊太郎、倉本 聰など、詩文やシナリオもよく読みます。

さて、まあ、読書については、書くことが沢山あって(もちろん、主観ですが、もともとブログなんてものは日記なので)、今後は、ネタに困ったら、ときどき書いていきたいと思います。

では、ようご期待←誰も待ってないって(笑)

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2009年5月24日 (日)

あいまいな言葉

Photo 日本語表現のあいまいさはよく指摘されますが、その理由として「相手を傷つけまいとして直接的な表現を避ける」、「察することを尊ぶ伝統」などが挙げられます。

カウンセリング(の演習)をしていると、しばしば、この「あいまいな言葉」に遭遇します。

このとき、カウンセリングでは、そのあいまいさを取り去り、意識の面積を拡大する作業、即ち、クライエントが、まだはっきりと意識化していないところを先取りして言語化する「明確化」という手順をふみます。

それは、カウンセリングが本来、さまざまな問題や課題を抱え、その解決を求めようとする個人に対して心理的援助を行うものであり、その方法の一つとして、相手に自分自身の潜在意識を納得感を持って理解させる(気づき)を与えることが必要不可欠だからです。

そうしないと、クライエントがいつまでも空想的思考、願望的思考を繰り返し、その言動に現実性が出てこないことになります。

ところが、日本語には、「あいまいな言葉(表現)」が非常に多く、カウンセラー自身も、日常、その「あいまいさ」に慣れて生活していることから、初心者の段階では、その「あいまいな言葉」を、何気なく聞き過ごしてしまう場合があります。

たとえば、「こそあど」

「これ・それ・あれ・どれ」といった事物、「こちら・そちら・あちら・どちら(こっち・そっち・あっち・どっち)」といった方角、「ここ・そこ・あそこ・どこ」といった場所を示す指示代名詞を始め、「こんな・そんな・あんな・どんな」および「この・その・あの・どの」といった連体詞、「こう・そう・ああ・どう」にみいだされる副詞など

ものの本には、「こ」系で近称を、「そ」系で中称を、「あ」系で遠称を、「ど」系で不定称を表すと説明されていますが、近称とか遠称とかいっても、単に距離が問題なのではなく、「こ」は話し手の勢力圏にあること、「そ」は聞き手の勢力圏にあること、「あ」は両者の勢力圏の外にあることを示すと読んでいくと、とても「あいまい」 (笑)

従って、カウンセラーは、こんなふうに→どんなふう?、こんなわけで→どんなわけ?、そういう意味で→どんな意味?、そういうことで→どういうこと? といった具合にポイントを捉え、内容を掘り下げ、さらに、要約や繰り返しで確認しながら面談を進めて行くのですが、これは、一見やさしそうでいて、経験の浅いカウンセラーには案外難しいものです。

ところが、こうした過程で、クライエントがときに沈黙したり、顔色を変えて ”そうなんだ...” ”そうかもしれない” と潜在意識に目覚める場面があります。 この場合、その後の面談はダイナミックに変容し、深く洞察力に富んだものとなります。

そんなに滅多におとずれる機会でもなく、また、そんなに上手くいくものでもありませんが、ひとたびこうした経験をすると、背筋が震えるような嬉しさと達成感が入り混じったような興奮を覚え、それは素晴らしい体験です。

となれば、諸外国から批判される「日本人のあいまいさ」って悪くない。 ”謎解きのようでちょっと楽しい” なんていうと顰蹙物でしょうか。

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2009年5月16日 (土)

鶴巻温泉

Photo 風薫る5月と言いながら、雨が続いたり、そうでなくともGWは皆勤賞、そろそろ嫌気がさしてきたので、有休を取って温泉へ行くことにしました。

ネットで近場の温泉を検索したところ、安・近・短を満たす温泉場では、どうも「鶴巻温泉」が良さげと判断し、目的地に決定。

「鶴巻温泉」といえば、その昔、相鉄線沿線の高校へ通っていたころ、現代国語の担任が「鶴巻温泉」に住む鶴巻先生だったこともあって、名前だけはしっかり頭にインプットされていましたが、これまで、実際に訪れたことはありませんでした。

でも、調べてみると、思いのほか近い。 最寄駅からすれば、「飯山温泉」・「七沢温泉」・「廣澤寺温泉」の方が本厚木なので手前なのですが、いずれも駅からバスで40分あまり行くことを考えれば、ほとんど駅前にある「鶴巻温泉」の方が格段とアクセスが便利です。

そこで、早速出かけてみると、あにはからんや、そこは、「鶴巻温泉」という駅名から想像していた<神奈川の田舎> とは異なり、なんと ! 駅前にデンとライオンズマンションが !! それはないだろうって(泣)

まことに不安だったのですが、道沿いに歩いていくと、マンションの肩越しに丘というか、こんもりとした木立の集積が見え始めました。 あそこかなと思って5分程度歩くと、左右に数軒の宿があるようです。これらを総称して「鶴巻温泉」といいます。

さて、ここで、少々迷ったあげく、中でも一番由緒有り気な「陣屋」へ 

聞くと、日帰り入浴は14時~だけど、昼食とセットなら11時半から利用できるということで、日帰りパックにすることにしました。 

玄関を入り、「お客様」の入場ごとに打ち鳴らす太鼓の音を聞きつつ、深みのあるチョコレート色と光沢がいい感じの通路をたどって、まずは何はともあれ露天風呂へ!

Photo_4 露天風呂は、内風呂とは別の離れにありましたが、これがなかなかのもの。檜の香りが漂う浴槽に無色透明の温泉、泉質は必要以上に柔らか過ぎず、比重も重さを感じない自然な感じ。 それでいて、暫くたつと額から汗がツツーっと流れ、まさしく効能がありそうです。

内風呂も、ゆったりと清潔感があり申し分なし。 シャワーがカランのすぐ横にあり、洗う姿勢のまま使えるのも嬉しい限りです。

Photo_5 内風呂から出てきたすぐの部屋が休憩に使えて、これがまた、井草の香りが残る畳の部屋で大広間とも呼べるほど広く、ここに寝転んで、大きなガラス戸の向うの広~い庭を見ながら、つい、うとうとする。 これがまた、至上の気分でした。

そして、この日は、別棟のレストランで名物 「やまと豚のひつまぶし」を昼食にいただきました。 

Photo_6 これは、ご存じ 「(うなぎの)ひつまぶし」を豚肉バージョンにしたもので、炭焼きにしてタレをつけた「やまと豚」がうなぎの代わりにごはんに乗っています。次いで、これに海苔やわさびを薬味に乗せ、特製の出し汁でいただきます。 美味いッ!

また、食事と同時に、ここの窓から、池の鯉とその向うの庭を眺めるのもなんとなく優雅な気分でした。

木々の若葉と咲き誇る花々、水辺と散策路、温泉と美味、半日程度の小旅行でしたが、暫し喧騒を離れリラックス、そしてリフレッシュすることができました。 

遠くに行かずとも、近場でちょっとした非日常を体験する。 TVも携帯も切り、五感が感じるものだけをたよりに自然体で過ごすのは、反って今の時代には贅沢なのかもしれない。そんなことを思った有意義な一日でした。

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2009年5月10日 (日)

母の日

Photo 週末に家族4人が揃い、又、「母の日」が明日ということもあって、ランチバイキングへ出かけてきました。

場所は、横浜西口の「歓悟雲」という中華料理店、TVでもよく取り上げられるお店です。

ここは、とにかく「味」がいい!

横浜西口とはいっても、駅からはちょっと離れていて、古い雑居ビルの中で、ちょっと見つけづらいし、グルメ情報ガイドには、”シックなアジアンスタイルのインテリアでまとめられていて、女性1人でも気軽に利用できそうな雰囲気” なんて書いてあっても、その実、いつ行ってもザワザワしていて、中華料理店というよりは「中華屋台」みたいな感じ。 およそ「シック」とは程遠いと思うので、やはり「口コミ」で「美味しい」ことが伝わったのでしょう。 とにかく常に繁盛しています。

値段は、どうなんでしょうね? 時間とオーダー出来る品数で1,180円~1,980円(本日現在)だから、普通? それとも安い? まあ、高くはないかな。

そうそう、言い忘れましたが、バイキングとはいっても、料理がテーブルにずら~っと陳列してあるかたちではなく、好きなものを1回ごとに3~6品注文していくオーダー制です。

と、まあ、店のことはこの辺にしておいて、この日、我々4人は、日頃メタボと貧乏で「粗食」に甘んじている恨みを晴らすため、親の敵とばかりに都合20品完食いたしました。(※注文した料理を残すと1人500円取られます。← Kids家には、残すという習慣が全くないので問題外)

特に辛い物に目が無いKidsは、「麻婆豆腐」、「豚モツピリ辛和え」、「四川風豚肉の細切りぴり辛炒め」 を連発し、母のひんしゅくを買いました。(良い「母の日」でした  笑)

そのくせ、これだけ平らげた割に、いつもバイキング後に感じる胃の重さがさほど無かったのは、オーダー制なので、注文から出てくるまでの間が適当にあって、2時間かけて馬鹿話をしながら食べていたからでしょうか。

とはいえ、夕食がそうめんorパンになったのに変わりはありません。(笑)

たわいのない「母の日」の話でした。

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2009年5月 3日 (日)

つまらない

Photo 「毎日が面白いか、面白くないかは、己の心が決める」って誰かが言っていましたが、最近、その己の心は「面白くない」と駄々をこねています。

「世の中は、自分の思う通りにならない。だから思う通りにしようと努力をする」って、テレビであの人が語っていましたが、「努力は報われるとは限らない」とも言います。

「自分が”自分らしく”生きること」をカール・ロジャーズは提言しましたが、”自分らしく”いられる人間関係を経験する機会は滅多にありません。

ポジティブ思考は格好いいけれど、テンションの低いときには鬱陶しく、上っ面に聞こえます。

最近、ずっとこんな感じ ...

この前も友人の一人に 「誰かに何かしてもらうのを待っているんじゃなくて、一歩踏み出す勇気が必要」とアドバイスされたけど、現実的に「一歩踏み出すこと」が阻まれる環境があることを知る人は少なく、友人だって言えない個人の都合だってあります。

人に役立つことをして、喜んでもらっている姿を見るのは本当に嬉しいけれど、独りになると、自分だって幸せになりたいし、心から笑いたい。

なんか・・・ 偽善者みたいで、自己嫌悪

そんな気持ちで、世の中、GWで浮かれているときに、特に急ぐ必要もないつまらない仕事をやるために出社。 インテリジェンスビルに入居する他の会社はどこも休みで、照明は暗いし、玄関そしてエレベーターですらIDカードを通さないと動かないのにうんざりして

あ~ぁ、やだやだ

酒は飲めないし * * * * * *  メキシコ料理でも食べに行こうかな ← ほとんど自虐ネタですね。

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