2009年6月13日 (土)

辻井伸行さん

Photo 辻井伸行さんが7日、米テキサス州で4年に1度開かれるヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで、日本人として初めて優勝しました!

翌日、そのニュースが伝わると、その瞬間から所属事務所やレコード会社には問い合わせが殺到。 CDの売り上げは急増し、コンサートのチケットは完売。クラシック界の若きヒーローの誕生に列島は熱狂しています。

確かに快挙には違いなく、Kidsも以前から大きな期待を抱いていたピアニストですが・・・・・ なんだかなあ、4年前の第15回ショパン国際ピアノコンクールで「批評家賞」を受賞したときは、ほとんどニュースにならなかったのに

今、その時のCDを聴いていますが、この頃からもっと騒がれても良かったような・・・ もっともテクニックは万全だけども ”16歳か、なるほど” という若さは感じます。 それでも、とても素晴らしい。

そういえば、以前TVで見たカプースチンの「8つの演奏会用エチュード」は良かったなあ! また、再放送しないかしら

ところで、彼のピアノの素晴らしさについて敢えて言えば、それは、指揮者・佐渡裕さんが ”音楽の神様が舞い降りた瞬間を見るようだった”、又、恩師のピアニスト・横山幸雄さんが ”じっくりと彼の音楽に耳を傾けてほしい。きっと彼の心のメッセージがあなたの心をゆさぶるはずだ” というように、その音楽の「やわらかさ」と「やさしさ」ではないかと思います。

たとえて言えば、温泉の源泉のような感じ。 強靭なテクニックで不足なく圧倒的な演奏をみせる「硬水」のピアニストがいる一方、彼の紡ぐ音楽は「軟水」 とても「やわらかい」感じがします。

それは、前述の佐渡裕さんと共演した最新CD「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」にも顕著にあらわれています。 緩徐楽章のような「うたわせる部分」に限らず、早いパッセージを弾くときのタッチも力強く、しかも、とても「やさしく」「やわらかい」 (ところで、このCDはいいですよ! オーケストラの演奏もバッチリで絶対オススメです)

しかし、マスコミが何かといえば 「全盲のピアニスト」 と騒ぐのには閉口します。 全盲で優れたピアニストは、Kidsが、モーツァルトが特に素敵だと思っている梯剛之さんとか、他にも何人もいらっしゃるし、どうして、日本のマスコミの報道姿勢っていうのは、いつも「扇情的」なんでしょうかね。

CDが5万枚も売れるのも、マスコミとエイベックスの策略か! なんて、思わず考えてしまう加熱ぶりです。

まあ、でも、日本人はすぐ飽きるから そうしたら、久しぶりにコンサートへ出かけたいと思います。 さて、いつになるでしょうか(笑)

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2009年6月 6日 (土)

1Q84

1q842_2 「1Q84」を読み終えました。 満足しました。

そう、いつも思うのですが、村上春樹(敬称略)の小説は、「面白い」という表現では言い尽くせないところがあります。

それは、例えて言えば、寝ているときに見る夢を、起きたらほとんど忘れていて断片的にしか思い出せない、しかし、とても大切ななにかを語っている夢だったような気がする、その夢をつなぎ合わせてきちんとストーリーにしてくれたみたいなそんな感じ

なんとなくファンタジックでなじみやすい、でも、しっかりとした内容というか重みのある、自分のアイデンティティ探しをしているようで、されど、まだ行き着かない、そして、次の作品を待ち望んでやまない。

もちろん、作品ごとに、背景も登場人物もストーリーの展開も皆違っているのに、思想というか何かの意志が連綿として引き継がれていて、いったん、そこに入り込むと、その魅力から抜け出せない、というか出たくない。

特に、「1Q84」は、話の展開がまだまだありそうな余韻があり、おそらく、今回発刊された2冊がBOOK1、BOOK2となっていて、上下でないことは、BOOK3以降がありそうな予感もあります。

ネタバレをしたくないので中身には触れませんが、とにかく確かな満足感、充実感が得られる小説です。

信じられないほど人気があって、出たばかりなのに入手困難となっているようですが、予約してでも買う価値は十分あると思います。

この際、村上春樹「信者」じゃなくても、是非、読んでみてください。

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2009年5月31日 (日)

夢の変容

Photo_2 久しぶりに記憶に残る夢を見ました。

今回の夢も、これまで同様に「間に合わない」焦り (例えば、①誰かを助けに行こうとしているのに ②期限が迫っているのに ③急用があるのに) がある点は変わりませんが、違うのは、「行きたくない」・「間に合わなくても仕方がない」気持ちがあったこと

具体的には、夢だから訳が分からないところが多いのですが、多分、仕事ではなく学校に行こうとしていて「間に合わない」 でも、行きたくない。そしたら、いつの間にか、銭湯だか温泉だか大きな湯船に入っていて、でも寛げず、内心焦っている。 そこに仲間が大勢入ってきて、”いいじゃなない、ゆっくりしようよ” とばかりに笑う。 で、本人も ”まぁ、いいか” と(笑)  そうこうすると、場面が変わり、今度は、古びた木の廊下を、恐る恐るといった足取りで教員室?に向かっている。?????

と夢はここまでですが、何だか「仲間」といった「支援者」が現れたせいか、「焦り」あるいは「恐れ」の程度が軽くなったような気がしました。また、起きたときの気分の悪さは相変わらずですが、圧迫感が減ったような気もしました。

もしかすると、最近、出来る限り、身体だけじゃなくて気持ちのリラックスに心掛けている効果が出てきたのかもしれません。

自分には、良いところも悪いところもあり、好きなところも嫌なところもあるけれど、それが自分(私が認識している自分)、人の意見は聞いても、その取捨選択をするのも自分、だと思うと、少しだけ気分が楽になります。

しかし、自己認識に仲間(支援者)の存在は大きいようです。『人は相手の気持ちに寄り添うことは出来ても、相手に同化することはできない』  それでも、周りがあってからこそ、「自分は自分」たることができます。

逆の立場になって考えると、例えば、カウンセリングをする際に、”すべての人間は、自分自身のなかに、個人的にも満ち足りた、社会的にも建設的な方向に、みずからの人生を導いていく能力を持っている。ある特定のタイプの援助関係のなかで、その人間が自由にみずから内面の智恵と自信を発見していくように援助していけば、その人びとは、ますます健康で、ますます建設的な選択をする” といった観点から、最も信頼される「仲間」になることは、極めて重要な意義を持つことでしょう。

それには、もっと懐の深い、器の(大きいだけでなく)確かな人間に、己が成長しないといけませんね。

「道なお険し」といったところです。(泣)

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読書

Photo 私の趣味の一つに読書があります。

趣味というよりは、1年365日、本を開かない日は「ありえない」ので、習慣といってもいいかもしれません。

読む時間は、1日平均1時間程度。 本当は、通勤時も読みたいのですが、首都圏のラッシュアワーという極めて非人間的な環境を強制されるなかで、それは到底無理。 だから、主に昼食後、外出時、そして、就寝前を読書に当てています。

それが可能なのは、昼食の時間が、15時に行ければ早い方といった按配で、職場の同僚と「つるんで」行かなくてすむことと、外出の際に単独の場合が多いため、気兼ねなく本を読むことができるせいです。 それと、子どもの時分から、「寝る前は読書」と決めているので、時間の確保に苦労することはありません。

ジャンルは、何でも。 でも、ノンフィクションよりはフィクション、小説が好きでビジネス書は苦手です。

ビジネス書が苦手というのは、つまり、読書という行為は、極めて個人的なもので、読者が抱く個別的なイメージはそれぞれ違うのだから、それを相対化し普遍的な共通項で括ったり、筆者の体験だけで 「こうすれば、うまくいく」 みたいなことを言われると、鼻持ちならない気がするからです。

一方、専門書はよく読みます。 社会、心理、文化系が多いです。

小説は、基本的には何でも来い(笑)ですが、「量産」小説なら雑誌のゴシップの方がまだマシ。 テーマが明快で、筋がしっかりとしていて、確かな重心があり、文章に難解さがなくて、しかも上手い、プラス、エンターテイメント性があれば、よりベターです。

そこで、勝手に最近のお気に入りをまとめてみれば

佐々木 譲、今野 敏、柴田 哲孝、誉田 哲也、伊坂 幸太郎、奥田 英明、海堂 尊、広川 純、乙川 優三郎、山本 一力、宇江佐 真理、澤田 ふじ子、宮部 みゆき、志水 辰夫、村山 由佳、森 絵都、恩田 陸、長島 有

こんな感じ、漏れているのもあると思うけど あ、そうそう、村上 春樹は別格扱いです。 ほとんど信者に近いですね。

また、谷川 俊太郎、倉本 聰など、詩文やシナリオもよく読みます。

さて、まあ、読書については、書くことが沢山あって(もちろん、主観ですが、もともとブログなんてものは日記なので)、今後は、ネタに困ったら、ときどき書いていきたいと思います。

では、ようご期待←誰も待ってないって(笑)

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2009年5月24日 (日)

あいまいな言葉

Photo 日本語表現のあいまいさはよく指摘されますが、その理由として「相手を傷つけまいとして直接的な表現を避ける」、「察することを尊ぶ伝統」などが挙げられます。

カウンセリング(の演習)をしていると、しばしば、この「あいまいな言葉」に遭遇します。

このとき、カウンセリングでは、そのあいまいさを取り去り、意識の面積を拡大する作業、即ち、クライエントが、まだはっきりと意識化していないところを先取りして言語化する「明確化」という手順をふみます。

それは、カウンセリングが本来、さまざまな問題や課題を抱え、その解決を求めようとする個人に対して心理的援助を行うものであり、その方法の一つとして、相手に自分自身の潜在意識を納得感を持って理解させる(気づき)を与えることが必要不可欠だからです。

そうしないと、クライエントがいつまでも空想的思考、願望的思考を繰り返し、その言動に現実性が出てこないことになります。

ところが、日本語には、「あいまいな言葉(表現)」が非常に多く、カウンセラー自身も、日常、その「あいまいさ」に慣れて生活していることから、初心者の段階では、その「あいまいな言葉」を、何気なく聞き過ごしてしまう場合があります。

たとえば、「こそあど」

「これ・それ・あれ・どれ」といった事物、「こちら・そちら・あちら・どちら(こっち・そっち・あっち・どっち)」といった方角、「ここ・そこ・あそこ・どこ」といった場所を示す指示代名詞を始め、「こんな・そんな・あんな・どんな」および「この・その・あの・どの」といった連体詞、「こう・そう・ああ・どう」にみいだされる副詞など

ものの本には、「こ」系で近称を、「そ」系で中称を、「あ」系で遠称を、「ど」系で不定称を表すと説明されていますが、近称とか遠称とかいっても、単に距離が問題なのではなく、「こ」は話し手の勢力圏にあること、「そ」は聞き手の勢力圏にあること、「あ」は両者の勢力圏の外にあることを示すと読んでいくと、とても「あいまい」 (笑)

従って、カウンセラーは、こんなふうに→どんなふう?、こんなわけで→どんなわけ?、そういう意味で→どんな意味?、そういうことで→どういうこと? といった具合にポイントを捉え、内容を掘り下げ、さらに、要約や繰り返しで確認しながら面談を進めて行くのですが、これは、一見やさしそうでいて、経験の浅いカウンセラーには案外難しいものです。

ところが、こうした過程で、クライエントがときに沈黙したり、顔色を変えて ”そうなんだ...” ”そうかもしれない” と潜在意識に目覚める場面があります。 この場合、その後の面談はダイナミックに変容し、深く洞察力に富んだものとなります。

そんなに滅多におとずれる機会でもなく、また、そんなに上手くいくものでもありませんが、ひとたびこうした経験をすると、背筋が震えるような嬉しさと達成感が入り混じったような興奮を覚え、それは素晴らしい体験です。

となれば、諸外国から批判される「日本人のあいまいさ」って悪くない。 ”謎解きのようでちょっと楽しい” なんていうと顰蹙物でしょうか。

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2009年5月16日 (土)

鶴巻温泉

Photo 風薫る5月と言いながら、雨が続いたり、そうでなくともGWは皆勤賞、そろそろ嫌気がさしてきたので、有休を取って温泉へ行くことにしました。

ネットで近場の温泉を検索したところ、安・近・短を満たす温泉場では、どうも「鶴巻温泉」が良さげと判断し、目的地に決定。

「鶴巻温泉」といえば、その昔、相鉄線沿線の高校へ通っていたころ、現代国語の担任が「鶴巻温泉」に住む鶴巻先生だったこともあって、名前だけはしっかり頭にインプットされていましたが、これまで、実際に訪れたことはありませんでした。

でも、調べてみると、思いのほか近い。 最寄駅からすれば、「飯山温泉」・「七沢温泉」・「廣澤寺温泉」の方が本厚木なので手前なのですが、いずれも駅からバスで40分あまり行くことを考えれば、ほとんど駅前にある「鶴巻温泉」の方が格段とアクセスが便利です。

そこで、早速出かけてみると、あにはからんや、そこは、「鶴巻温泉」という駅名から想像していた<神奈川の田舎> とは異なり、なんと ! 駅前にデンとライオンズマンションが !! それはないだろうって(泣)

まことに不安だったのですが、道沿いに歩いていくと、マンションの肩越しに丘というか、こんもりとした木立の集積が見え始めました。 あそこかなと思って5分程度歩くと、左右に数軒の宿があるようです。これらを総称して「鶴巻温泉」といいます。

さて、ここで、少々迷ったあげく、中でも一番由緒有り気な「陣屋」へ 

聞くと、日帰り入浴は14時~だけど、昼食とセットなら11時半から利用できるということで、日帰りパックにすることにしました。 

玄関を入り、「お客様」の入場ごとに打ち鳴らす太鼓の音を聞きつつ、深みのあるチョコレート色と光沢がいい感じの通路をたどって、まずは何はともあれ露天風呂へ!

Photo_4 露天風呂は、内風呂とは別の離れにありましたが、これがなかなかのもの。檜の香りが漂う浴槽に無色透明の温泉、泉質は必要以上に柔らか過ぎず、比重も重さを感じない自然な感じ。 それでいて、暫くたつと額から汗がツツーっと流れ、まさしく効能がありそうです。

内風呂も、ゆったりと清潔感があり申し分なし。 シャワーがカランのすぐ横にあり、洗う姿勢のまま使えるのも嬉しい限りです。

Photo_5 内風呂から出てきたすぐの部屋が休憩に使えて、これがまた、井草の香りが残る畳の部屋で大広間とも呼べるほど広く、ここに寝転んで、大きなガラス戸の向うの広~い庭を見ながら、つい、うとうとする。 これがまた、至上の気分でした。

そして、この日は、別棟のレストランで名物 「やまと豚のひつまぶし」を昼食にいただきました。 

Photo_6 これは、ご存じ 「(うなぎの)ひつまぶし」を豚肉バージョンにしたもので、炭焼きにしてタレをつけた「やまと豚」がうなぎの代わりにごはんに乗っています。次いで、これに海苔やわさびを薬味に乗せ、特製の出し汁でいただきます。 美味いッ!

また、食事と同時に、ここの窓から、池の鯉とその向うの庭を眺めるのもなんとなく優雅な気分でした。

木々の若葉と咲き誇る花々、水辺と散策路、温泉と美味、半日程度の小旅行でしたが、暫し喧騒を離れリラックス、そしてリフレッシュすることができました。 

遠くに行かずとも、近場でちょっとした非日常を体験する。 TVも携帯も切り、五感が感じるものだけをたよりに自然体で過ごすのは、反って今の時代には贅沢なのかもしれない。そんなことを思った有意義な一日でした。

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2009年5月10日 (日)

母の日

Photo 週末に家族4人が揃い、又、「母の日」が明日ということもあって、ランチバイキングへ出かけてきました。

場所は、横浜西口の「歓悟雲」という中華料理店、TVでもよく取り上げられるお店です。

ここは、とにかく「味」がいい!

横浜西口とはいっても、駅からはちょっと離れていて、古い雑居ビルの中で、ちょっと見つけづらいし、グルメ情報ガイドには、”シックなアジアンスタイルのインテリアでまとめられていて、女性1人でも気軽に利用できそうな雰囲気” なんて書いてあっても、その実、いつ行ってもザワザワしていて、中華料理店というよりは「中華屋台」みたいな感じ。 およそ「シック」とは程遠いと思うので、やはり「口コミ」で「美味しい」ことが伝わったのでしょう。 とにかく常に繁盛しています。

値段は、どうなんでしょうね? 時間とオーダー出来る品数で1,180円~1,980円(本日現在)だから、普通? それとも安い? まあ、高くはないかな。

そうそう、言い忘れましたが、バイキングとはいっても、料理がテーブルにずら~っと陳列してあるかたちではなく、好きなものを1回ごとに3~6品注文していくオーダー制です。

と、まあ、店のことはこの辺にしておいて、この日、我々4人は、日頃メタボと貧乏で「粗食」に甘んじている恨みを晴らすため、親の敵とばかりに都合20品完食いたしました。(※注文した料理を残すと1人500円取られます。← Kids家には、残すという習慣が全くないので問題外)

特に辛い物に目が無いKidsは、「麻婆豆腐」、「豚モツピリ辛和え」、「四川風豚肉の細切りぴり辛炒め」 を連発し、母のひんしゅくを買いました。(良い「母の日」でした  笑)

そのくせ、これだけ平らげた割に、いつもバイキング後に感じる胃の重さがさほど無かったのは、オーダー制なので、注文から出てくるまでの間が適当にあって、2時間かけて馬鹿話をしながら食べていたからでしょうか。

とはいえ、夕食がそうめんorパンになったのに変わりはありません。(笑)

たわいのない「母の日」の話でした。

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2009年5月 3日 (日)

つまらない

Photo 「毎日が面白いか、面白くないかは、己の心が決める」って誰かが言っていましたが、最近、その己の心は「面白くない」と駄々をこねています。

「世の中は、自分の思う通りにならない。だから思う通りにしようと努力をする」って、テレビであの人が語っていましたが、「努力は報われるとは限らない」とも言います。

「自分が”自分らしく”生きること」をカール・ロジャーズは提言しましたが、”自分らしく”いられる人間関係を経験する機会は滅多にありません。

ポジティブ思考は格好いいけれど、テンションの低いときには鬱陶しく、上っ面に聞こえます。

最近、ずっとこんな感じ ...

この前も友人の一人に 「誰かに何かしてもらうのを待っているんじゃなくて、一歩踏み出す勇気が必要」とアドバイスされたけど、現実的に「一歩踏み出すこと」が阻まれる環境があることを知る人は少なく、友人だって言えない個人の都合だってあります。

人に役立つことをして、喜んでもらっている姿を見るのは本当に嬉しいけれど、独りになると、自分だって幸せになりたいし、心から笑いたい。

なんか・・・ 偽善者みたいで、自己嫌悪

そんな気持ちで、世の中、GWで浮かれているときに、特に急ぐ必要もないつまらない仕事をやるために出社。 インテリジェンスビルに入居する他の会社はどこも休みで、照明は暗いし、玄関そしてエレベーターですらIDカードを通さないと動かないのにうんざりして

あ~ぁ、やだやだ

酒は飲めないし * * * * * *  メキシコ料理でも食べに行こうかな ← ほとんど自虐ネタですね。

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2009年4月25日 (土)

凛とした

Photo 乙川優三郎さんの新刊 「闇の華たち」 を読みました。

<凛とした> 素晴らしい短編集でした。

読み終えた途端、端正でも、清々しさでも言い足りなくて、思いついた言葉が <凛とした> でした。

りりしく引き締まった文章に、雰囲気やオーラが込められた見事さは思わず溜息が漏れるほどで、「自分も、死ぬまでに一度でいいから、こんな文章を書いてみたい」  と素人が勘違いで嫉妬じみた感想を抱くほど

例えば、”雪に埋もれた小路を歩いていくと、いつになく確かな幸先が心を軽くしていく。逃れようのない虚しさの裏に無上の喜びが貼りついている。薄い陽射しの朝で、町は足下から冷えていたが、やがて娘を迎える雪たちは道という道の木立に美しい華をつけていた。” と描かれた「冬の華」の末尾などは、ストーリー全体を知らなくとも、主人公のきりりとした風情、ひたむきな生き方が、風景と一体となって心に迫ってきて、美しさに泣きたくなってしまう。

決して常に品行方正であるわけでもなく、しかし、己に正直で筋の一本通った言行、もしかしたら、現代に最も失われたものが <凛とした> という言葉に含まれているのかもしれない なんてちょっと思ったりしました。

そんなことを考えながら、今度は、届いたばかりのメジューエワのCDを掛けてみたら、このベートーベンがまた <凛とした> としか言い表せない見事な演奏でした。

彼女は、その清純な容姿から、どちらかと言えば、線の細い、楚々としたピアノを想像してしまいがちですが、実は、かなり強靭で安定感のある演奏が持味だと思います。

そういう意味では、確かに、かなり期待していたCDではあったのですが、この「ワルトシュタイン」は素晴らしい。 彼女の数あるCDのベストワンではないでしょうか

その堂々とした品格のある演奏は、やはり <凛とした> と称すべき確かさを備えていました。

滅多にない <凛とした> 作品2点、”いいものはいい” を実感できる特上の作品です。

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2009年4月13日 (月)

若者支援

Photo 4月1日より新年度とあって、うちの会社にも7名の新入社員が入社しました。

入社式、導入教育、その他、人事としては大忙しです。 なんせ入社式の会場設営から現場への引率、はたまた花見の引率までしなければならない始末なのです。(普通、花見って、新入社員が段取るものじゃないのかしら?)

しかし、だから嫌かと言えば、そんなことも無く、反って、積年の喜怒哀楽を言葉や振る舞いに貼り付けながら、成仏間際の魚のように死んだと思えばピクッと動くおじさん達と付き合うよりは、エネルギーの損耗が少なく、むしろエネルギーをいただけたりするわけなので、この方が断然楽しいですね。

だからと言って、ここが不思議なところなのですが、Kidsが同じころに戻りたいかと言われれば、ノーサンキュー。 正直、これからの時代に明るい展望を抱いていないし、これまでのウン十年を繰り返すなんて嫌なこったという思いが強いです。

違う脚本の違う人生を歩めるのなら ・・・・・ それでも嫌かな

でも、だから後ろ向きかと言えば、このおじさん、これからやりたいことは沢山あるし、まだまだ十分にエネルギーはあるし、条件さえ整えば頑張れる、いや、頑張ろうという気概に満ちています。

若さは生命力に溢れ美しいけど、反面、脆くて危なっかしい部分が多く、そこをフォローしてあげるのが先輩の役目、むしろそこをやりたい。

しかしながら、例えば今の会社で人材教育に専念できるのならともかく、ただでさえ職務がオーバーフロー気味のプレイングマネージャーにその実践を求められても絶対無理というのが本音。

ゆえに、出来れば環境を変えて、別の方向、別の視点で若者支援、かつキャリア教育に取り組みたい。 そんな思いで、今日も一社面接を受けてきました。

さて、どんな長いトンネルにも出口はあると言いますが、果たしてKidsのトンネルの出口はどこまで繋がっていることやら

未だ明かりの兆しすら窺えません。(泣)

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2009年4月 5日 (日)

鬱屈と怒り

Fukkinpolitics 母を土下座させてしまいました。

最近つらいことが多くてストレスが溜まっていたせいか、怒りを押さえることができませんでした。

後で悲しくて、自己嫌悪に陥りました。

でも・・・ 家はいつもこうです。

子どもの頃はそうでもなかったのですが、父が会社を二度、三度潰して、社会的信用を失ったあたりから、「お金」の問題に慢性的に悩まされるようになり、その父が莫大な借金を残し他界した後は、その為に青春時代の殆どを失いました。

その後、多少上向いた時代もあったのですが、社会人となった弟の多重債務問題、次いで、別の弟の二度にわたる癌の入院・手術、未就労期間の長期化に伴う出費が嵩み、その余波が今でも続いています。

Kidsとしては、その為に北海道から戻ってきたつもりなので、援助は惜しまないつもりでしたが、あまりにも改善が進まず、「不幸ゲーム」の脚本を繰り返しているばかりなのにはいかかさかイライラが募りがちで

また、自身、ここのところ、転職が思うように進まず、やりたい勉強の費用すら都合がつかなかったり、会いたい人に会いに行く旅費すら取り上げられるような「ネガティブ」な感情に取れれて、ついにその不満が噴出しました。

おそらく、その裏には、今年76歳になった母へ、息子として、これまで何も良い思いをさせてあげられなかったことへの憤り、2人の弟への叱咤という感情が渦巻いているのでしょう。

残念ながら、こんなときには、これまで培ったカウンセリングや心理学の勉強も全く無力で、己の人間としてのレベルの低さに驚くやら呆れるやらしています。

でも、正直に本音を晒せば、お金のない人間は(借金のある家の人間は)幸せになってはいけないのでしょうか。

何か悲しくて仕方ありません。

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2009年3月29日 (日)

ある人生

Photo 叔父が亡くなりました。 67歳でした。

叔父は、東京工業大学出身、成績優秀にして、富士製鉄(現 新日本製鉄)に入社の際には社費で大学院まで行かせてもらったそうです。

入社後もその期待を裏切らず職務にまい進、機械設計や製造ラインの改良、公害対策、その他に携わり、技術部長にまで出世しました。

ところが、どういう経緯があったのか、その3年後に関連会社に出向、専務という肩書きながら、以前のような 「やりがい」 は薄れてしまったようで、山登りや読書など趣味に 「生きがい」 を見い出すようになりました。

そして、この辺りから ”足が痛い” ことを訴えるようになったといいます。 当時、姉である母と私が久しぶりに室蘭を訪れたときは、表面上はいささか歳を取った程度でしたが、リビングのテーブルの下にスリッパ風の足を温める器械が置いてあったのを覚えています。

その後、暫くは、公私共に忙しく、消息を聞く機会もあまりありませんでしたが、今から5年前に脳梗塞に羅患していることを伝えられました。 以前からの ”足が痛い” もその一端であったそうです。

また、ショッキングなことには、その後、アルツハイマーを発症し、これが急速に進んで他人のことが分からなくなりました。 それでも不思議なことに、母が見舞いに行き ”私が誰か分かる?” と尋ねると ”姉ちゃん” と答えるのでした。

しかし、歩行も全く困難になった叔父は、イライラが募るのか大声を上げたり、物を投げつけたりするようになり、そのせいか病院を転々としたあげく、とうとう誰も分からない状態に陥りました。 後は階段を転げ落ちるように病状が悪化。

そして、暫くぶりに聞いた消息が冒頭の ”亡くなった” であったのです。 (母は、ときどき叔母と連絡を取っていたようですが)

昨日は告別式に出席し、納棺時に同葬品を入れる際、諸々の愛用品とともに数十枚の表彰状や資格証をお棺に納めました。 図面・数式など、理科系でない私には読んでもチンプンカンプンでしたが、これだけをとっても、会社が見込んだとおり、特別な頭の持主だったのでしょう。

超エリートだっただけに、突然出世コースを外れたショックも、私たちの想像以上のものであったのかもしれません。 人生仕事だけではないと気持ちをシフトしかけてままならず、それが顕在化した病気だったような気がします。

人生いろいろ、音楽葬といって僧侶のいないアットホームな雰囲気のなかで、叔父が好きで自分の結婚式に自ら歌ったという 「テネシーワルツ」 が静かに流れていました。

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2009年3月 1日 (日)

下荒井兄弟のスプリング、ハズ、カム

Photo_2 ついに生の舞台を見に行ってきました。

とても面白かったです。

ストーリーは、脚本・演出をした大泉洋氏が言われる通り、「大きな感動を生んだり、人生について深く考えたりするもの」ではないけれど、確かに「兄弟や家族と過ごした子供の頃の日々を、ふと思い出す」ものでした。

いつもながらの、彼ららしい真摯さとエンターテイメントが程よくミックスされた舞台で、また、この日は確か昼間の公演もあったずなのに、疲れをまったく感じさせない彼らのタフさには驚きました。

幕開けのヤスケンのU指定(笑)、洋ちゃんの盗聴おたくぶり、音尾氏のはまり役ヤクザ、シゲの女装、森崎氏の人間味溢れる演技が楽しく、故淀川長治調に言えば「舞台って、いいものですねぇ~」といった感じで、2時間半弱があっという間に過ぎました。

しかし、観客の大半が女性だったのは、ちょっと居辛かったです。 ビジュアル的には、イケメンはいないと思うけど、男の目とは違うのでしょうか?

また、ロビーでは、公演グッズが文字通り飛ぶように売れていき、買い控えや不景気の話が嘘のようでした。

この舞台も、多分近い将来DVDになるのでしょうが、また、機会があれば、実際の舞台に足を運びたいと思います。

男の方、きっと隠れFanはいると思いますので、遠慮せずにもっと来てください。 よろしくお願いいたします。

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弱い心

Photo Kidsは、キャリアコンサルタントとしてはまだまだ駆け出しですが、それでも資格認定を受けるにあたって講習を受け、その後も向上演習、試行的実務研修、そしてカウンセリングの実践を通じて、いくばくかの経験を積んでいます。

しかし、クライエントに対するキャリア支援をする立場でありながら、ことが自分自身の問題に及ぶと、キャリアに関する不安や心配への対処方法、ストレスに対するコーピング等、必ずしも知識や経験を有効に生かすことができるかと言えば、多くの課題があります。

特に、精神力の面で、不安や心配を仕事のし甲斐や生き甲斐に変えていく強靭さが足りないと感じています。

見かけは外交的で包容力があるように見えるらしく、自分でも、それはある程度当たっている面はあると思う一方、センシティブな傾向も強くてマイナス思考に陥りやすい点もあります。

また、本来わがままで、それでいて正義感が強く、不公平・不公正を許せないため、「長い物には巻かれろ」 「みんなで渡れば怖くない」 的な会社の決定が自分の信念に反することが多く、サラリーマンには向かない性格だと思うこともしばしば

高圧的な人、偉い人、「大物」が嫌いで、上下の隔てがないリラックスした雰囲気が好きなので、そういうことからも、自分で何かやる方に向いていると思うのですが、現実的には、もろもろ環境要因があって、前に進めないまま○十年もサラリーマンを続けてきました。

そして、世の中には結構こういう人が多いことを知りました。

思えば、東京オリンピック以降、近代化という錦の御旗のもとに滅私奉公で働いてきたサラリーマンが、高度成長→バブルという時代を経て、GNP世界第何位だの、先進国だのといううわべの華やかさから、実は、潤ったのは、一部のカネや権力を持った人間で自分たちは決して裕福でもないことに気づいたとき、「自分らしさ」を取り戻そうにも、一般に組織ダイナニズムにおいて、実現できる範囲は極めて限定されていることに呆然としたものです。

Kidにとっても例外でなく、例えば、人事という仕事で、社員のキャリア開発に携わるとき、会社の方針と自分が望むキャリア支援の方向性が全くかみ合わず、サラリーマンとして会社に迎合したあげく、深い失望感に苛まれたことも日常茶飯事でした。

しかし、敢えて誤解を恐れずに言えば、Kidsは、人との関係を気持ちよく保つこと、つまり、人間関係さえ上手くいけば、生きていく上での悩みの大方は克服されたと言ってよいと考えます。

このことをもっと真剣に考えなければ、メンタルリスクも減らず、生き生きと活力に富み、笑顔に満ち溢れた世の中は決してやってこないでしょう。 笑いこそが「国力」という認識が必要だと思います。

まずは、自分自身のセルフカウンセリングから始めないといけませんね!

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2009年2月22日 (日)

ヘルシーカンパニー

Mental_disorder 先日、大庭さよ先生のセミナーに行ってきました。

セミナーのテーマは <健康な組織づくりのためのメンタルヘルスマネジメント> ということで、企業人事担当者向けのセミナーだったのですが、臨床心理士として神田東クリニック・産業精神保健研究所で多数の実例を見ておられることから、統計にはない生のお話しを伺うことができ、なかなか有意義なセミナーでした。

特に、企業にとって「今なぜメンタルヘルス?」というときに、大方の捉え方は  ①コンプライアンスの観点から ②リスクマネジメント(リーガルリスク)の観点から ③企業の社会的責任(レピュテーションリスク)の観点から ④経営戦略の観点から というのが殆どだと思われますが、企業の多くが「リスク対応」に追われる中で、メンタルヘルスは「心の健康を保つこと」として、〔健康―不健康?―病気〕 と様々な段階で連続体で考えるべきだと先生は言われます。 即ち、健康の定義は 「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」 からです。

そのためには3つのコンセプトがあります。 1)予防(1次予防、二次予防、三次予防) 2)自己効力感:「出来そう」 「やってみよう」 3)組織サポート:「組織から大事にされていること」 がそれです。

一次予防とは、病気にならないように環境を整備することで、二次予防は、こころの不健康が悪くならないように予防すること、又、三次予防とは、復職支援および復職後の再発予防をいいます。

自己効力感とは、自分が適切な行動をうまくできるかどうかの予測をいい、能力とリンクして、ロールモデルや成功体験の積み重ね、組織の承認のもと絶えず変化するものです。

そして、組織サポート! これは、組織がメンバーの組織に対する貢献をどれぐらい尊重し、メンバーの安寧をどれくらい気遣っているのかの程度で測ります。 即ち、組織の公平性や受容、精神的に何ら脅かされないという信頼感に基づくものです。

ところが、ほんの一握りの企業を除いて、今日の会社はメンタル不調・不安を、忌むべきもの、除外するものとの発想から抜けきれず、個人の健康と企業の収益性を結びつけ、経営管理と健康管理を統合的に捉える視点がありません。

健全な企業文化を持つヘルシーカンパニーでは、企業の収益は個人の活力が効果的に発揮できるかに係るため、「ストレスの少ない職場環境の開発」と同時に、「ストレスマネジメントの上手い人材を開発」できるような職場環境を創造する経営方針や健康教育を実施しています。

つまり、結果としての業績の向上と個人の健康・幸福はイコールである との理念があるということです。

そこをいくと、Kidsの会社などは、パワハラ等で年間400人~500人が退職し、内定取消しさえしないものの、エントリー者に対して、途中で面接はしても採用はしない方針に切り替えるなど人権無視の経営方針で、増してやメンタル不調者などは、「出来れば、勝手に辞めて欲しい」ことを公言するなど、ヘルシーカンパニーの理念とは真っ向から対立しています。

やれやれ、いい加減、転職したいけど・・・ 今の社会状況じゃあ・・・  難しいんだろうなぁ!

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2009年2月15日 (日)

少年メリケンサック

Photo <少年メリケンサック>を見てきました!

公開初日とあって混雑を想定し、昨日の夕方、先駆けて座席指定券をもらっておいたのですが、午前中(第1回目)の上演とあってそれほど込み合うこともなく、ゆっくりと見ることができました。

どんな映画かは、こちらの公式サイトで見ていただくこととして

www.meriken-movie.jp

紛れもないクドカンもの、そして、宮崎あおいチャンのはまり役。 面白かったです。

何よりも彼女が役を楽しんで演じているのが伝わってきて、他の役者たちを完全に食っていました。 他では佐藤浩市も頑張っていましたが、それでも、これは彼女あっての映画ですね。

しかし、今さら言うのも可笑しいくらいですが、スゴイ女優さんです。

「EUREKA(ユリイカ)」や続編の「SAD VACATION」のようなシリアス物、「好きだ」「ただ、君を愛してる」のような恋愛物、その中間でかなりシリアス寄りの「初恋」、さらに「NANA」のような青春物、そして、昨年の大河ドラマ「篤姫」では重厚な役もこなせることを実証したし、「パコダテ人」や「ラブドカン」、そして今回の「少年メリケンサック」のようなコミカルな役はお手の物、この年令の役者さんにこれ以上望むのは無理というほどの大活躍は、皆さんご承知のとおりです。

個人的には、北海道文化放送の30周年記念特別番組の3話物「ノースポイント ポートタウン」が好きですが、これは、舞台が北海道という身びいきがあるので、その話はちょっと横に置いておきます。

正に今旬な女優さんですね。

ところで、映画と言えば、来週には「TEAM NACS FILMS N43」。 TEAM NACSに関しては、その後、舞台「下荒井兄弟のスプリング、ハズ、カム」東京公演を立て続けに見に行く予定にしています。

www.teamnacs.com

ちなみに、TEAM NACSをご存じない方に少々説明させていただくと、最近テレビ等で活躍が見られるようになった大泉洋が所属する演劇ユニットです。

この演劇ユニットには、他にも安田顕、森崎博之、戸次重幸、音尾琢真と、これからの飛躍が大いに期待されるメンバーが揃っていて、北海道フリークのKidsの大のお気に入りです。

やはり売れているだけあって、平均点の高いのが大泉洋であることは明らかですが、個人的には安田顕に尋常でない個性の魅力を感じています。 彼も結構、単独でテレビ・映画等に出ていますので、興味のある方は検索してみてください。

さて、ここで、Kidsが好む宮崎あおいチャン、TEAM NACSに共通する魅力を考えてみました。

そして思いついたのが、それぞれに勿論まったく個性は違うものの、どちらも今の時代に真に少なくなった「あざとさ」のない「ひたむきさ」を持っているというか、不器用なほどに真剣に対象に熱中するマインドがあるという点

多分、Kidsは、その辺に清々しさを覚えるのでしょう。

しかし、その「ひたむきさ」を維持するのに、現代ほど困難な時期はありません。 でも、だからこそ、今の気持ちを失わずに頑張って欲しいものです。

両者の今後益々のご活躍、ご発展をお祈りいたします。

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2009年2月 7日 (土)

差別

Photo 「コロンブスのアメリカ大陸発見!」

いきなり "なんなんだ!" と思われるでしょうが、皆さんはこの表現に違和感を感じますか?

Kidsは "どうして?" と思ったのですが、実はこれ、差別表現なんだそうです。

つまり、この表現は、ヨーロッパ人の視点で発信されている。 しかし、当時、既にアメリカ大陸に住み暮らしていた、いわばネイティブアメリカンの立場で言えば、決して「発見」でも「新大陸」でもないわけです。

しかも、この言い方には、明らかに「発見者」としてのコロンブスへの賞賛や敬意が含まれていますが、ネイティブアメリカンにとってのコロンブスは侵略者であり、彼らから生まれた土地を奪って僅かな「居住区」に追いやった略奪者、なんで歴史上の偉大な人物に列せられるのか。 従って、今の教科書では「コロンブスのアメリカ大陸到達」と記載されているようです。

確かにそう言われれば、「差別」に違いありません。

こうした私たちが普段何気なく使っている身近な表現には、実は、非常に多くの「差別」が存在します。

例えば、「ジプシー生活」という表現。 住まいを転々として彷徨う流浪の民に類する意味で使われますが、「ジプシー」も現代では定住生活を営むのがほとんどで、差別・偏見を廃する意味から、国際的には「ロマ」と呼ばれています。

他にもいろいろありますね。 身の回りにも沢山あります。

日常的に 「女のくせに」「女々(めめ)しい」「女だてらに」 とか言ったりしますが(この頃はセクハラ問題もあって面と向かって言うことは少なくなりました)、これは、良かれ悪しかれ、日本社会が相変わらず男性優位のシステムで機能していることによる弊害からきている「差別」でしょう。 実は、男の方がよほど「女々しく」「タフでもない」のですが(笑)

そういえば、ここ3内閣続けて 「日本は単一民族」 なんて言って物議を醸し出した大臣がいました。 そして、こういう「事件」が起こるたびに、こういう人たちに限って "そんなつもりで言ったんじゃない!" とか "差別するつもりはなかった!" とか弁解します。もしかしたら本当にそうだったのかも知れません。 ただし、それは発言者の視点で言えばそうかもしれないということ。 しかし、言われた側にとっては堪りません。そんな軽い話ではないわけです。

とは言っても、Kidsは、「差別」についてそんなに過敏になる必要もないと考えます。 前述の「先生方」が "表現の自由" と反論するのを弁護するつもりはさらさらありませんが、<日常会話に使えない言葉はない> と思うからです。

ただし、こうしたことは必要だと考えます。

1)次の事柄に関する言葉や表現に出会ったら、まず立ち止まる

①身体の名称に関する言葉 ②身体の症状や特徴を表す言葉 ③心身の病気や症状を表す言葉 ④職業、身分に関する言葉 ⑤民族、人権に関する言葉 ⑥性、年齢に関する言葉 ⑦地域、国名に関する言葉

2)それらの言葉の前後の文脈や流れを見て、以下のチェックをする。

①マイナスのイメージの比喩、例えになっていないか。 ②断定的表現や比較表現になっていないか。 ③見下す表現や価値観の偏った表現になっていないか。 ④発信者の目的や意図はどうか。

3)さらにこれらの言葉が発信されたときの影響を考えて

①責任の所在を明らかにする。 ②(媒体の)影響の大きさを考える

4)最後に相手の立場になって考えてみる。

最後とはいっても、究極のはなし、4)ができれば、全てがストレスなく収まると信じています。

特に、国や企業等、集団の立場でものを言うとき、上位者である人ほど相手の心を思いやる「個の自律」がもっともっと求められるべきでしょう。

そういう意味では、残念ながら、私たちはまだ「人権」を学んでない。 景気回復は重大問題ですが、成熟した「大人」になるには他にも課題は山積しています。

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2009年1月30日 (金)

関係性の障害

Photo 会社で障害者の雇入れを担当して1年半、就職面接会も含めれば100人余りの面接を経験する中で、最近、特に聴覚障害者の応募が増えてきました。

とはいえ、いきなり聴覚障害者自体が増えるはずもないので、それだけ障害者雇用が進展したのか、あるいは「派遣切り」や「内定取り消し」がニュースとして伝えられる中で、障害者もまた職を失って再就職に臨んでいるのかも知れず、でも、会社に提出された「履歴書」を見る限り、そのような様子は無いようです。

身体障害者、特に聴覚障害者は、知的障害者や精神障害者と違って、現場の理解は比較的得られ易いのですが、一般の企業と異なり、取引先店舗で不特定多数のお客様と接点を持つ仕事をする場合、特性的に非常に困難が付きまといます。

それはこういうこと。そもそも聴覚障害が、①情報(フォーマル/インフォーマル)の障害 ②コミュニケーションの障害 ③関係性の(相対的な)障害 という特性を持つ障害であることからくる課題が大きいからです。

それでも昔に比べれば、①情報の障害は、伝達手段のIT化により、又、ユニバーサルデザイン化による職場環境改善の工夫によって、飛躍的の改善されたし、②コミュニケーションも、仕事をする上で最低限必要な部分は筆談、その他ですることが可能なわけですが、③の関係性の構築がなかなか難しく、就労あるいは職場定着を阻む最大の原因となっています。

そういう意味では、手話を社内の「公用語」にするなど、特例子会社を中心に、関係性の構築に本気で取り組んでいる 『よい会社』 もある反面、例えば、Kidsの会社では、会社の障害者雇用についての考え方自体が「総論賛成、各論反対」、現場は、お店の責任者によって理解と無理解の幅が大きく、さらに取引先のお店そのものが障害者に対して偏見があったり、お店がよくても、不特定多数の「お客様」の一人でもが、障害を持つ従業員に不満や不信を示してクレームをつければ、『神様』 に反論は一切できない現実があり、雇用は遅々として進まない状況にあります。

また、手話そのものについても、聞いたところでは、生まれつき、あるいはそれに近い段階から手話に親しんできた、言うなれば 「ネイティブ」の手話 と、成長の過程または事故等で、あるいは障害者とのコミュニケーションの手段として学んだ手話とは、それこそネイティブと日本人の英語ほどの開きがあるといいます。 だから手話がいらないということではありませんが、一考に価する問題ですね。

しかし、先ほどの話に戻れば、私達が聴覚障害者に真にこの会社で働いて欲しいと思うとき、手話を使うということは 「あなたと話がしたい」 という意思表示そのものです。そして、その行為は、障害者にとっても、仕事上のコミュニケーションを越えて <自分自身の存在価値を実感でき、人とつながっていることを実感できる> 関係性の障害を打ち破る重要なキーとなるに違いありません。

要は、私たち一人一人の、その会社の、社会の意識そのものが、関係性を創造するし破壊もするということです。

想像してみましょう。

その1) 休憩時間に仲間どうし雑談で盛り上っていてしばしば笑い声も聞こえる中、聴覚障害者Aさんは、笑い声すら聞き取れませんが楽しげな雰囲気は感じていて、仲間の肩をつついて 「ねぇ、何の話?」 と紙に書いて質問します。 肩を叩かれた方は 「うん、B子がさあ、・・・・・・・・」 と説明してくれましたが、また、元の仲間の方を向いて話を続けました。

その2) 休憩時間に仲間どうし手話で盛り上っていてしばしば笑い声も聞こえる中、健常者Cさんは、全く何の話だか分からず、仲間の肩をつついて 「ねぇ、何の話?」 と大きくはっきり口を開けて質問します。肩を叩かれた方は 「うん、B子がさあ、・・・・・・・・」 と紙に書いて説明してくれましたが、また、元の仲間の方を向いて手話を続けました。

関係性の障害は 「悪意のない無視」 のようなものです。

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2009年1月26日 (月)

頭が先か? 身体が先か?

Photo 2009年最初の月は、終始、心身の不具合に悩まされ続けました。

前半は、体調こそそこそこでありながら、公私ともに(特に無理してまでやることの少ない私的局面で)気力が出ないまま、絶えずガソリン不足を感じながら、騙し騙し自分という名の車を運転しているような状態。

後半は、札幌行を契機に、エネルギーは多少戻ってきたのにも関わらず、体の方が絶不調! 特に、先週の土曜は風邪で一日中全くベッドから起き上がることが適わず、38度を超える発熱とともに強い吐き気に襲われて、深夜から日曜の明け方にかけてトイレ通い三昧の有り様でした。

それでも、小康状態の合間、昨年7月より受講してきた厚生労働省「平成20年度 キャリア・コンサルタントの資質確保体制整備事業~実務研修制度」試行的実務研修が最終回を迎えるとあって、修了証書を貰いに渋谷まで出かけてきました。

総括研修と銘打った最終回のプログラムは、前半が研修グループごとの総括、そして後半はクロスグループ・ディスカッションといって、研修グループをシャッフルし、新たに出来たグループに対して、指導者が討議テーマを提示の上でグループ・ディスかションするというもの

こう言うと何ら格好いいですが、実際はシャッフルしたはいいものの、時間不足と運営方法の拙さで一言二言発言したらハイお仕舞い、で即発表みたいな、バタバタ(ワサワサ)したディスカッションと発表でした。

それでも、さすがに皆目的意識を持って受講してきた研修生、結構いい意見が出ました。

例えば 【キャリア・コンサルティングを普及させるためには】 というテーマでは、キャリア・コンサルティング活動の社会的PR、行政の取組み、といった誰もが思いつくものに加えて、「雇用保険でキャリア・コンサルティングを受けられるようにする」 「弁護士会のようなコンサルティング・ファームを設立する」 「キャリア相談をハローワーク等厚生労働省管轄だけでなく、もっと市民に近いレベルで実施する」 といった声が挙がっていました。

又、【キャリア・コンサルタントの専門性とは】 というテーマでは、キャリア・コンサルタントどうし、あるいは所属団体どうしのネットワークということが盛んに言われていた中で、「総務省、及び厚生労働省の職業分類にキャリア・コンサルタントという項目がないこと自体が、キャリア・コンサルティングに関して行政が本腰を入れて取り組んでない証拠」 と決め付ける方もいて、”え、そうなの?” と己の不勉強を知るオチまでつきました。

Kidsの意見では、この日本でキャリア・コンサルティングが日常的に行われるようにするためには、行政やキャリア・コンサルティング協議会等関係団体、そして私達キャリア・コンサルタントの努力に加えて、企業に対する働きかけが不可欠だと思います。

国が「サラリーマンの便益を図る目的」で健康保険や雇用保険、税金等を給与天引きというシステムで作ったように、先の「雇用保険でキャリア・コンサルティングを受けられるようにする」は未だ議論の余地があるように思われますが、何か社会的システムとして機能させる必要があると思量します。

というのは、誤解を恐れず言ってしまえば、この国において、企業という単位は新たな社会サービスを普及させるにあたって、極めて有効に機能する可能性の高い「媒体」であり、これを活用するのが早道だと思われるからです。

しかし、残念ながら、殆どの企業は利益を追求することを至上目標としていますので、インセンティブを受けられないサービスには難色を示します。(障害者雇用が思う通りに進まないのも、この点が不十分であるからだと私見します)

逆に何かインセンティブを与えれば、キャリア・コンサルティングは急速に普及し、その結果、キャリア・コンサルタントの専門性が深まり、キャリア・カウンセリングやメンタル・マネジメントが多くの企業で実施されて、今のかなりの社会問題が沈静化に向かう。

なんて、ちょっと楽観的過ぎるかと思ったりもするのですが

今からそうなった時のことを考えて、せいぜいキャリア・コンサルティング能力を高めるよう研鑽に努めることにします。(笑)

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2009年1月10日 (土)

新年のスタート

Photo 新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。

と言っても、もう松の内も過ぎていますが(苦笑)

どうも昨年の暮れから体調も含めて、と言っても体調はそれほど悪いわけではなくて、されどどうも何事もやる気が起こらず、正直ブログを書くことすら面倒くさい気分。 今もかなり義務感でやっています。

何でしょうね?

詩人の谷川俊太郎さんが「沈黙のまわり」というエッセイで書かれていた ”我々は生き続けようとして生活し、正にその生活によって、生を失いつつあるのだ” という言葉に妙に共感する自分がいて、”毎日毎日退屈で非人間的な勤め”をしながら、一方で他人のキャリア支援をしようとする自分に矛盾を感じてしまったというか

年末年始で好かったのは、特に三が日の天気が良かったことと箱根駅伝ぐらい。  個人的には早大が負けたのにはややガッカリですが

そう、感動することが少なくなりました。

まあ、生来情緒的人間なので、それでも人より感動する場面が多いのかもしれないし、ようやく人並みになったのかもしれないけど・・・ Kidsを行動に駆り立てるものは、与えられるものではなくて得るもの、モノではなくて感動の量なのかもしれない。 それが減った分、エネルギーが補填できなくて行動に支障をきたしているのかもしれないなどと、想いを巡らしたりしています。

さて、来週はまた大好きな北海道に行く予定です。

キリリと引き締まった寒空の下で、友に会い、美味しいモノでも食べて、エネルギーの補充をしてきます。

新年のスタートは、遅まきながらそれからです。

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2008年12月28日 (日)

無機質な心

Photo 2008年もあと数日を残すところとなりました。

このブログをご覧の方々の中にも、もう仕事納めも済んで、家でゆっくりという方もおられることと思います。

残念ながら、Kidsの会社は、原則祝祭日は出勤日となっていて、30日までは仕事、その後、31日~4日まではお休みですが、元旦と3日(土)、4日(日)以外は代休のため、後日、どこかで休日出勤して埋め合わすことになっています。

それはともかく、今年は、その「仕事納め」の30日に、来春卒業予定の学生の面接が3件入っています。

ちょうど「内定取り消し」や「派遣切り」のニュースが、インターネット・新聞等で騒がれ出す暫く前から、それまで再三アプローチしても「なしのつぶて」だった学校より、応募についてのご相談を受ける機会が増え、その結果、こうしたことになった次第です。

ところが、これがマスコミが盛んにいうように「大不況」の前触れかというと、それはまだハッキリしません。 Kidsの大手有名企業の人事部長をしている友人の談によれば、"今年度の利益予算不達がほぼ確定しただけで、企業にはまだ余力がある" と言いますし

それを裏付けるように、こんなデータがあります。

◇企業名/内部留保/現金、定期預金など/役員報酬(平均)

◆キヤノン/2兆9050億円/8873億円/5004万円

◆トヨタ/12兆6658億円/2兆5845億円/1億2200万円

◆日産/2兆8204億円/5039億円/3億5583万円

◆ホンダ/5兆3629億円/9544億円/6057万円

◆ソニー/2兆850億円/1兆1761億円/2億8986万円

◆シャープ/8341億円/3270億円/1億1030万円

◆東芝/7166億円/2667億円/6087万円

◆コマツ/7911億円/774億円/1億3571万円

つまり、企業、特に大企業の多くは、口でいうほど本当は何も困っていないようなのです。

もちろん内部留保は、新たな設備投資など企業の成長に充てる大事なカネですし、キャッシュだって手元に置いておけば安心でしょう。 しかし、一方で、年収300万円程度の派遣社員はクビを切られ住む家まで奪われる。 初めて社会に出ようとする学生は内定を取り消され失望感に苛まれる。 この世はどこか矛盾していないでしょうか?

テレビの会見で、経営者は、皆一様に苦渋に満ちた顔を見せ、口先では「(雇用を)努力する」と言っていますが、本心は、非正規社員はリースした設備と一緒で、余ったら返せばいいと考えているのが透けて見えます。 学生だって、"内定は決定でない" と言い放った経営者も実際に知っています。言うなれば、人間としてカウントしてなどいません。

また、先のデータを見れば、内部留保(利益剰余金)や、現金、定期預金、流動性のある有価証券の金額は、兆円単位の数字がずらりと並んで、役員報酬は、上記企業の最低でも平均5004万円。

役員まで出世するような人たちは、当然、これまでにもそれなりの給与を貰っているはずで、家もクルマも欲しいものは皆持っているし、これからだって食費や衣料品等、ひとの5倍、10倍お金がかかるわけではないのは明らかです。 極論を言えば、5000万円が2000万円になったって痛くも痒くもない。 だったら、単純計算すれば、1人で年収300万円程度の(派遣)社員なら10人は維持できることになりますよね。

まったく最近の日本を見ていると、企業、行政を始めとして一般ピープルに至るまで、こうした自己本位というか、無慈悲というか、無機質な心に遭遇する場合が実に多くて驚かされます。

まあ、現状を嘆いているばかりでは何も変わらないので、何か草の根から出来ることを考えていかなければなりません。

さて、果たして何ができるのか・・・

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2008年12月13日 (土)

創作熟語

Photo 住友生命保険相互会社が募集した<2008年の世相を反映した「創作熟語」>の優秀作品が発表になりました。

「苦労長寿」、「株式逃資」、「窮々病院」等、今年もなかなかの出来栄えですが、実は、Kidsはこういうのが大好き! そこで、ちょっとばかり頭を捻ってみました。

たとえば、歳を取って苦労ばかりしなければならない「苦労長寿」も嫌だけど、リストラされて将来が見えないのも悩ましい「不労弔受」なんていうのはどうでしょう。

そんな状況だと、我慢するのにも限界がありますね。・・・ 「我身悄嘆」

どうして自分だけが!なんて気分に陥ることも ・・・「唯我独損」

ちょっとしたことでも傷つきがちになって ・・・「心傷膨大」

偽装だの公約違反だの世間も賑やかで ・・・「混迷盛大」

景気が悪くて転職もままならず、嫌々会社に通う電車はすし詰め状態が益々酷くなり ・・・「痛筋電車」

おまけに電気系統のトラブルだ、信号機の故障だ、人身事故だ、と毎日のように止まるし ・・・「隔駅停車」

でも、世の中、うまくやっている奴もいるんだなぁ ・・・「不義蜜有」

髪の毛の乏しくなってきたこちらには関係のない世界だけど ・・・「天辺晩化」

ところで、これらは皆フィクションです。 ・・・「無我夢中」 ←あってるがな!(笑)

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2008年12月 7日 (日)

やりたい仕事

Photo 今度生まれ変わったら、是非やりたいと思う仕事があります。 それは「保父さん」です。

大変な仕事だと思いますが、創造性や洞察力が身につき、ホスピタリティを発揮することができる「やりがいのある仕事」だと思います。

それに、何といっても、やはり子どもは可愛いです!

そして、時折、思わずハッとするような言葉を発し、神秘の力を見せてくれます。

最近読んだ 「続一年一組せんせいあのね」 は、まさにそのことを実証してくれるような本でした。

今日は、多くを語るより、そこに載っていた詩のいくつかをご紹介したいと思います。

【 人 】

えらい人より  やさしい人のほうがえらい

やさしい人より  金のない人のほうがえらい

なぜかというと

金のない人は  よくさみしいなかで  よくいきているからだ

【 もしわたしがかみさんに 】

もしわたしがかみさんになれたら  いじめられているこがいたら  たすけてあげる

からだがふじゆうなひとたちがいたら  なおしてあげる

目がみえないひとがいたら  目をあげる

ものがいえないひとがいたら  いえるようにしてあげる

あしや手がうごかないひとがいたら  うごけるようにしてあげる

よのなかには  よわいひとがたくさんいますね

ほんとうのかみさんがいないからです

【 おかあさんのこころ 】

せんせい  ひみつやで

おちちはおかあさんのこころ

あかちゃんがのんで  おかあさんのこころが  あかちゃんにつたわる

それから

おっぱいのこころをいっぱいためて  こころのおおきいにんげんになっていく

そやから 

おかあさんのこころは  ええこころでなかったらあかん

【 あかとんぼ 】

あかとんぼは  ゆうやけをみたから  めがあかくなった

【 にんげん 】 

にんげんは  どうしてしぬのですか

しぬのは  つかれすぎるんですね

【 たのしい日 】

たのしい日いって  どんな日いがあるかしっとう

いろんなたのしさが  あるんちゃうねんで

かなしさがいっぱいあるから  たのしい日があるねんで

ご感想をお聞かせください。

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2008年11月30日 (日)

夢の解釈

Photo 私はもともと朝が弱くて、「快適な寝覚め」などはついぞ経験したことがないのですが、最近はそれがさらにひどくなってきました。

第一に、体がとても重く、無理に起き上がると体がバラバラに分解しそうな気がします。

又、この頃は、夢を見る機会が多く、「悪夢」とは言わないものの、その結果、気分が優れない常態です。

例えば、ある夢のケースでは「何か計算をしている自分がいて、「表」が見えたので、多分エクセルか何かで集計作業をしているようなのですが、何回計算しても縦・横が合わなくて、計算式を再入力したり、いろいろなことをしてみてもどうしても上手くいかない」 これが延々と続きます。

ひどいことには、トイレに起きて、安堵し、もう一度寝ると、先ほどの続きがまた延々と繰り返し、朝起きたときはグッタリでした。

又、別のケースは、これは子どもの頃から時々見る夢なのですが、道を真っ直ぐどこかへ向かって走っています。(すぐ傍を数人の誰かが、同じ目的地に向かって一心不乱に駆けています) 道はかなり広くて、でも両側に杉のような針葉樹の木立が一定の間隔で生えているため、時代劇の中のような薄暗い感じがあります。 そして、木々の間、少し向うの方で、城だか家だか分かりませんが大きな建物が燃えています。 しかし、いくら頑張って急いでも、その距離は一向に縮まらないのです。

何か 「自分が望むものに行き着かない苛立ちか焦り」 のようなものだろうかと思ったりしてはいますが、どうなんでしょうかね?

そんな中、昨日、ロールプレーイングをご一緒させていただいた仲間からこんな話を聞きました。

彼女は、よく高いところにいて降りられない夢を見るそうです。 それは塔の先のようなところにいる場合もあれば、山の頂上や断崖絶壁のような場所であることもあるようですが、決まって何かメンタルストレスを抱えているときにその類の夢を見るそうです。

彼女の夢も、一定期間、繰り返し繰り返し現れるそうですが、そこそこ続くと、見たらそこにロープが張ってあったり、隠れていた階段や道があって、おっかなビックリ時間をかけて降りると、最後には地面に降りて来れるそうです。 そして、そのときは、現実の生活でも問題が解決の方向に向かっていたといいます。

う~~~ん・・・///

ところで、フロイトの「夢分析」によれば、夢は暗号文に等しく、「夢は無意識への王道である」といいます。 フロイトは、<眠っているときは意識が働いていないので、意識の統制力は弱まっている=従って、思い出したくないことも出てきているはずだ> ⇒ <目覚めるとき思い出したくないものをそのまま意識に残すのは良くない> ⇒ <心の中にある検閲機能が働いて、夢で見ていた内容が象徴的なもので置き換えられたり変形されたりして、意識にそれとわからないようにして覚醒時に思い出す> と考えたのだそうです。

また、ユングは、すべての人は、無意識の中に「元型(アーキタイプ)」という固有の要素を持っていて、それが様々な形になって夢の中に現われるといいました。

ここでそれを長々というつもりもなければ、上手く説明する自信もないので完結に述べると ①シャドウ・・・もう一人の自分、自分を脅かす存在 ②アニマ・・・男性が無意識の中に持っている女性原理 ③アニムス・・・女性にとっての『心の中の男性』 ④グレートマザー・・・あらゆる物を育てる偉大な母のイメージ、但し、「子どもを慈しんではぐぐむ力」と「子供を束縛し、のみこんで破滅させてしまう恐ろしい力」と両面の力を持っている。 ⑤老賢人・・・男性にとって、成長の最終的到達点、仙人のイメージ

夢に出てくるアーキタイプを認め、受け入れれば、アーキタイプは成長する。 五つのアーキタイプを成長させること、それが自分の心の成長につながる。 それが、ユングの夢分析の考え方らしいです。

でもね、その夢が「何の象徴」なんだか、どの「アーキタイプ」なのか、そもそも分からないんですけどォ

もう疲れたよ、誰か教えてください。 Help Me!

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2008年11月23日 (日)

日本で一番大切にしたい会社

Photo_2 大切な友人から紹介されて、法政大学の坂本先生がお書きになった「日本で一番大切にしたい会社」を読みました。 不覚にも涙が出ました。

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93%E5%A4%A7%E5%88%87%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%84%E4%BC%9A%E7%A4%BE-%E5%9D%82%E6%9C%AC-%E5%85%89%E5%8F%B8/dp/4860632486/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1227416055&sr=1-1

坂本先生は、会社には「5人に対する使命と責任がある」と言われます。 そして、その5人に対する使命と責任を果たす行動のことを本当の「経営」と定義されています。

その5人とは、①社員とその家族 ②外注先・下請企業の社員とその家族 ③顧客 ④地域社会(地域住民) ⑤株主 です。

この順番について、多くの経営学者や経営者から ”お客様が3番なんておかしい。お客様第1に決まっているじゃないか・・・” と言われるそうですが、坂本先生はそれは違うと言われます。

会社の使命は、「お客様のニーズに応える」 「お客様が欲しいと思うものを創造する、提案する」ことなので、それに対応する社員が一番大事で お客様がいなければ創ればいい。 お客様が「こんなものがあればいいな」 「こんなことができたのか」という価値を創造してあげることの出来る担い手は社員だから、自社の不平・不満・不信でいっぱいの社員では、感動とサービスを期待しているお客様に応えることなどできるはずがない。 だから、社員満足度と外注企業の満足度を高めるのが先だと先生は弁じられます。

又、会社は、”あの会社は私たちの町のシンボルだ” ”この会社はわが町の自慢だ” ”この会社にこそ、息子や娘を入社させたい” と思われるように努めなければならないと申されます。

さらに、株主に対する使命と責任というものは、目的というより、結果として実現されるもので、株主の満足度(特に株価の上昇や配当金などの現金的な見返り)を優先して短期の業績を追求し、経営者として資質のないトップやその周辺の人間を、強い発言力をもつ地位に就かせてしまうことは、経営者が一時の繁栄でおごり高ぶり、儲け主義に走るあまり、最も大切な「5人に対する使命と責任」の順番を間違え「正しい経営」を実践できなくなった証だと判じられます。

正に、Kidsが言いたかったことそのままです。

そして、実は、日本には、坂本先生がこのように言われる「経営」を以前から実践し、継続いている会社が少なからずあることを知りました。

日本理化学工業株式会社は、特例子会社でないにも関わらす、障害者雇用率70%! しかもマーケットシェアは30%!! 業績のために犠牲者を出すことなく、誰もが幸せになることを目指し実現しています。 50年前に採用した障害者が今でも勤務し、お茶を出してくれたくだりなど、感動で眼鏡が曇ってしまいました。

伊那食品工業株式会社は、48年間増収総益。 50年間1度のリストラもなく、同業者とも戦わず、とことん環境に配慮した工場をつくり、「会社は社員の幸福のためにある」をモットーに常に工夫し、未来を見据えてきた「年輪企業」です。 会社の敷地内で幼稚園児が遠足したり、おじいさん・おばあさんが日向ぼっこをしたりしている開かれた環境を一度この目で見てみたいと思います。

こうした「いい会社」がある反面、会社を経営者や株主の私物と勘違いし、「人財」を無駄にし、社員に犠牲を強いてまで業績(利益)をひたすら求める会社も決して少なくありません。

Kidsの会社などは、年間労災が30件以上、事故・クレームに対する損害賠償額が1億円以上、パワハラ・セクハラ等の弁護士マター、コンプライアンスはもとよりCSRは一切果たさず、5年間定昇ゼロで年間退職者1,000人、それでいて ”人を愛する” などというふざけた会社です。 本当に頑張っている社員が気の毒で仕方がありません。

「日本で一番大切にしたい会社」を読んで、嬉し涙にくれるとともに、会社への憤りがますます強くなりました。

いままで漠然と思っていた不平・不満・不信がかたちあるものに変わり、メンタル面も含めてもう我慢の限界のようです。

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2008年11月15日 (土)

ノクターン

Photo 前回お話した「風のガーデン」の挿入歌 『ノクターン(カンパニュラの恋』 が発売になりました。

歌うのは平原綾香さん、ドラマでも新人歌手・氷室茜として登場していて、実は、かなり重要な役どころを果たしています。

ちょっと不思議な感じも漂う彼女ですが、実父はサックス奏者、祖父はトランペット奏者、姉は歌手・サックス奏者という音楽一家。 本人も洗足学園音楽大学ジャズコースサックス専攻を卒業しています。

そのせいと言うわけでもないでしょうが、基礎がしっかりしている上、ちょっとハスキーで変わった声ながら独特の魅力があり、倉本先生もお気に入りのよう。 かつて、TVドラマ「優しい時間」の主題歌に『明日』が使われたことはまだ記憶に新しいところです。

そして、今回の『ノクターン(カンパニュラの恋』 これが実にいい!

ドラマの第5回で、主人公の白鳥貞美が「この原曲はショパンのノクターンだね」と明らかにしたとおり、原曲は『ショパンのノクターン20番 嬰ハ短調 遺作』 そして、実は、ピアノの詩人ショパンが残した数々の名曲の中でもKidsのベスト3に入るお気に入りの曲なのです。

それだけに、ある意味、<聖域を侵されたくない>感もあったのですが、全くの危惧に過ぎませんでした。

ショパンであってショパンでない、原曲の良さを十分知り尽くした上で、「欲しいものにどうしても手が届かない」さびしい気持ち、怒りや不安の気持ちを新たに再構築した現代のショパンともいうべき感性が息づいていました。

ところで、この原曲、「遺作」とはいうものの、実際はショパン19歳の時の作品です。 そして、これほど素晴らしい曲でありながら、ショパンはあまり良い作品と思わなかったため、生前発表されず「遺作」となりました。

ロシア、プロシア(ドイツ)、オーストリアの3つの帝国に侵略され、海外に逃れた若きショパンは、ピアノの前に座りどのような気持ちでこの曲を書いたのか・・・

そんな想いで 『ノクターン20番 嬰ハ短調 遺作』 を聴き、風のガーデンに想いを馳せながら 『ノクターン(カンパニュラの恋』 を聴く。 そんな秋のひとときも結構乙なものです。

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2008年11月 9日 (日)

風のガーデン

Photo 秋の新番組として、倉本聰先生の「風のガーデン」が始まりました。

ドラマの放映に先立って、名優 緒形拳さんが亡くなった「効果!?」もあって、番組としては順調な滑り出しだったようですが、回を追って視聴率が低下しているそうです。

Kidsは、倉本先生のドラマなら、何でも見る人なので、視聴率云々はどうでもいいのですが、確かに、「北の国から」や「優しい時間」のような富良野のドラマを見たい人には物足りなさが残ると思います。

配役も大学病院のエリート麻酔医で、末期の膵臓癌に侵される主人公が中井貴一さんというのは、決して嫌でも拙いわけでもないけれど、ちょっと意外というか違和感を感じました。

しかし、回を重ねるごとに物語に深みが出てきて、Kids的には、視聴率の推移に逆行するように関心が深まっています。

特に、主人公の息子、やや知恵遅れの少年・岳を演じる神木隆之介クンの演技は素晴らしく、前から「上手な子」だとは思っていましたが、将来どこまで伸びるのか、末恐ろしいまでの演技力を見せてくれています。

さて、物語はこれからが佳境です。 オフィシャルサイトのファーストタイトルにある「人は最後に何処に還るのだろう」というテーマは、シナリオ本を読んで、物語の行き先を知るKidsには既に自明ですが、二つの花<カンパネラ>と<エゾエンゴサク>に込められた人間のさ優しさに目頭が思わず熱くなってしまい、この先、テレビ前で涙ぐまない自信がありません。

そういえば、倉本先生のドラマはいつも優しい思いに満ちていて、ヤクザであろうと犯罪者であろうと「悪人」は一切出てきません。 所詮、人間は「過ちを犯すもの」、「強くて弱いもの」、「優しくて儚いもの」ということを教えられます。

倉本聰先生は、Kidsが躊躇いも無く「先生」と呼べる数少ない一人です。

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2008年11月 2日 (日)

推理小説

Photo Kidsは推理小説が好きで、昔からよく読むのですが、最近の推理小説は読後感があまり好くないように感じます。

スッキリ感がないというか、胃に重たいものが残ったままというか、真犯人は見つかっても事件は未解決のままという感じのものが多いようです。

どうしてなんだろう?と考えて思うのは、まず、犯罪の原因が、昔はいろいろあっても、<貧困> <愛憎> <怨恨> 辺りに集約されていて 「起きてしまった」 のものが多かった。 一方、このごろは 「起こした」 ものが多くて犯罪が主体的になってきたということが挙げられると思います。

そして、犯人にはそれなりの理由があって 「起こした」 ものでも、作者自身に首肯すべき理由、言い換えれば納得感が見つけられないので、その辺をウヤムヤのままにしてしまっているという点があります。

まあ、時代性というか、ITの進化に伴ってコミュニケーションがなくなってきた今日を反映して 「分からない犯罪」 が多くなったこと。 警察やマスコミもその異常性を訴えるだけで、原因の根本的な掘り起こしを行わない上、その顕在化された部分のみセンセーショナルに伝えるので、小説家も題材として取り上げざるを得ない反面、未消化のまま書いているのかもしれませんが ・・・

特に顕著なのが少年犯罪です。

最近は、書店の店頭にも少年犯罪をテーマにとった作品が目白押しですが、そのいくつかを読んだだけでも、「少年犯罪であるが故に訴求できない被害者や被害者の家族の憤りや諦念」、あるいは「少年犯罪の異常性」を極大に取り上げたもので、犯罪者が断罪され、あるいは抹殺された後も「犯罪は消えず、繰り返す」ことが前提のような結末となっています。

こうした作品見ると、作者自体も迷っているのか、推理小説の醍醐味である(捕まえる側にも追われる側にもある)善悪のポイントが不明瞭で、時には ”何で書いたの!” と思うものも少なくありません。 ズルイのは、結末を主人公や読者に委ね問題提起をしただけで終わってしまっているものさえあります。

そして、なぜかこういうテーマの小説が売れているらしいです。 不可解です。 中には、ベストセラーとなってTV化や映画化されるものもありますが、Kids的には、大抵はまったく見るに耐えません。

少なくても、楽しみで見る推理小説ぐらい、もっと気持ちよく読みたいと念じるのは私だけでしょうか?

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2008年10月26日 (日)

大泉 洋

100_soup_curry 皆さんは、大泉洋というタレント、いや、「ハケンの品格」や「東京タワー」とかがあったから、今は俳優としての方が有名なのかな? を知ってますよね?

Kidsは、約10年、北海道に住んでいたので、「水曜どうでしょう」や「パ・パ・パ・パフィー」、STVの木村洋二アナとの絡みなどはよくTVで見ていました。

最初のころは、まだ学生だったのかな? とにかく若くて、あの顔とアフロヘア(天パー)がインパクト大、セサミストリートの人形みたいに思えて、なんか変なやつがいるなぁ~と感じていました。

それでいて、とにかく、いつも全力投球(ギリギリとも言う!)な姿が好ましく、キャラが立って、ちょっとコメントが普通の人と違うので、愉快なやつだなぁ~と。 でも、ファンというほどでもなく、ちょっと気になる存在というか・・・

さて、話は変わりますが、今回、その大泉洋の誕生日を記念して作られた「100% SOUP CURRY」というDVDを入手したので、早速見てみました。

構成は、①スリランカの旅 ②スープカレー・クッキング ③はっぴぃばぁすでぃ!YO ④「本日のスープ」(ミュージック)

①スリランカがスープカレー発祥の地だということで訪れたものの、当地の人は「スープカレー? そんなもの知らないよ!」みたいな感じが可笑しいです。

その後は殆ど<水曜どうでしょう>の乗りで進行し、やたら口の上手いスパイス売りのおじさんに大量にスパイスを買わされたり、象の放牧(大量にいる!)や水浴を見て騒いだり、まあ、いつものYOちゃんですね。 スープカレーではないものの、食べていたカレーはどれも美味しそうでした。

②北海道が生んだローカルタレント・小橋亜樹がアシスタントでの登場です。 YOちゃんとの掛け合いは、長年の絡みから手馴れたもので、それでも二人の馬鹿さ加減に笑ってしまったのはいつものことですね。

③YOちゃんのお誕生会ということで、TEAM NACS(チーム・ナックス)が集結です。 皆、歳取ったけど、大学のコンパのような乗りに一段と磨きがかかって、それぞれをけなしつつ、それでいて、その裏にある温かい視線が好ましく、スープカレー鍋を食べながらの昔話に興じる姿は、なんかホッとする風景でした。

そうそう、YOの顔を模ったバースデーケーキには驚き! そしてYO以外のメンバーが嬉々としてナイフを入れる様子に笑ってしまいました。

④スターダストレビューとYOちゃんのコラボ曲「本日のスープ」のPVを2バージョンで収録したものです。

YOちゃんの歌が思いの外上手いのにビックリ!(ファンとは違うというのが分かるでしょう)  又、2年ぐらい前のカウントダウンライブでは、観客の笑顔がはじけて、幸せそうな雰囲気が伝わってきました。

こんな具合で、とにかくとても楽しいDVDでした。

でも、大泉洋の魅力ってなんなんでしょう?

お笑いタレントやおバカタレントでさえ、何となく計算づくなところが透けて見える中で、彼の「ギリギリ」の姿勢が共感できるからなのかな?

なぜか大泉洋のことが、最近、とても気になっています。

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2008年10月19日 (日)

Photo 夏の余韻がようやく遠ざかり、秋の気配が濃厚になってきました。

朝晩はふとん1枚では ”ちょっと寒い” 感じもあるこのごろ、皆さんはどうお暮しでしょうか?

寒くなってくると、とたんに食べたくなってくるのが「鍋料理」、Kidsも大好物ですが、なかなか家では食べられません。

というのも、Kidsの住まいは実家の「向う三軒両隣」に有って、実家に母と二人の弟が住んでいるのですが、夕食は実家で取るのが習慣になっています。 ところが、この弟二人とKidsの生活時間がほとんど噛み合わないのです。

休みも違えば、それぞれに帰宅時間が異なる三人にいちいち鍋を拵えるよう母に頼むのも気が引け、また鍋というものは、おなじ材料、おなじ調理方法でこさえても、独り二人で食べる場合と大勢で食べる場合、不思議と美味しさが違う気がするので、Kids家では、なかなか夕食のテーブルにのる機会がありません。

子どもころは、亡父が鍋が好きだったせいで、団地の狭い部屋のテーブルを囲んで、よく鍋を作ったものです。

よく出たメニューは、定番の「鶏の水炊き」、「酒煮」、「タラちり」、たまに「あんこう鍋」、ちなみに「すきやき」は、値段が高いことに加えて、砂糖が入ったあの独特の甘ったるい味がどうも苦手で、父以外に人気がイマイチだったこともあってあまりやりませんでした。 そういえば、「しゃぶしゃぶ」も子どもの頃は一度も食べたことがありません。

大人になってからは、「ちゃんこ」、「チゲ」、「ふぐちり」なども食べる機会が出来ましたが、辛党のKidsにとって、もはや「チゲ」は欠かすことの出来ない定番メニューです。 ところで、「おでん」って鍋なんでしょうかね?

そういえば、滅多に行きませんが、料亭の鍋って美味しいですよね! やはり「だし」の取り方が違うのでしょうか? 材料を吟味してあることは言うに及びませんが、それに最後に作ってもらう「雑炊」がたまらない!☆

今日あたり、一般のご家庭では、休みの日の一家団欒の締めくくりとして、夕食に家族全員で鍋を囲むなんて状況がありそうですが、Kidsのところでは、下2人がきょうもお仕事、当分鍋はお預けです。(泣)

もう忘年会を期待するしかないかな。

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2008年10月12日 (日)

ヴィルヘルム・ハンマースホイ展

Photo 以前から駅のポスターを見て気になっていた「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展」に行ってきました。

感想は?

とにかく良かったのひとこと。

ポスターの絵だけを見てもKidsの感性に合うだろうと予感はありましたが、まさしく予感的中でした。

その特徴は?

展覧会の副題にも有るとおり、「静かなる詩情」 とにかく、風景画、人物画、建築画(室内画)、全篇を通じて、静謐な美しさが一貫して漂っていました。

画調は、この時代の北欧画の多くがそうであるようにほの暗い、陰影に満ちた感じ。

しかし、フェルメールなどのそれと決定的に違うのは、その殆どの絵に生命感が全く感じられないことです。

構成上も、見る者から距離を置いた画面構成で、特に、室内画では、ハンマースホイは、繰り返し繰り返し、自分が実際に暮らしていた家の内部を同じような、それでいて微妙に異なる角度から描いているものの、ある絵でそこにあっても、また別の絵でそれが必要ないと感じられると、大胆にも本来そこにあるはずのものを消してしまったりしています。

人物画でも同じような印象を受けます。 変な例えですが、画面上に人間の姿があっても、人間ドラマの痕跡だけがそこに残って見るものにその痕跡を探らせる。 ある意味、演劇の誰もいない、舞台だけがそこにあるような静けさを感じました。

窓や開いた扉から注がれる光りが薄暗い室内を映し出す画面に言い知れぬ感興を覚え、静かでありながら、心の奥底に妙なざわめきが起こり、自然と収束していく。

余韻の残る静けさは、「詩情」と表現するのが適当なのかどうか分かりませんが、心の中に永く留め置かれる、そんな絵が沢山そこにありました。

芸術の秋に相応しい、見る価値のある展覧会だと思います。

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2008年10月 6日 (月)

アルテピアッツァ美唄

Image081006 土日と札幌で遊んだ後、今日は帰りの飛行機まで多少時間があったので、以前から気になっていた「アルテピアッツァ美唄」に行ってきました。

札幌から、旭川行「スーパカムイ」で34分、”エッ、そんな近いの!」とちょっとビックリ!

しかし、そこからは典型的な田舎のバスで、1時間に1本有るか無いか。

やっと来たバスは、お年寄りとKidsを乗せ、駅から山里に分け入って約30分、ようやく「アルテピアッツァ美唄」に着きました。

ちなみに「アルテピアッツァ美唄」は、炭鉱住宅が密集し、賑やかだった往時の小学校の木造校舎・体育館、そして、それらを取り巻く広場に、世界的彫刻家・安田侃(かん)氏の作品を常設展示した芸術広場(アルテピアッツァ)です。

氏の作品以外にも、年間を通じて、絵画展や各種のコンサートが行われ、芸術文化の発信基地として地元を始め、道央で広く親しまれるようになりました。

とはいえ、Kidsも現実に見るのは初めてだったのですが、これはもう、ひとことで言って ”来て良かった!”

小高い山に囲まれた、緑豊かでのどかな自然に抱きかかえられた静寂な地域に、そこにあたかも昔からあったように溶け込んだ彫刻の数々。
それらがそこにあることによって、静寂さが一層引き立ち、日本にしかない美しさを際立たせていました。

起伏に富んだ広場に広がる芝生と松林が美しく、学校や体育館、カフェの窓から、それらの間に絶妙に配された彫刻を眺めているだけで、心がスーッと柔らかくなっていくのを感じます。

いつまで居ても飽きないというか、自分も彫刻になって同化してしまったような気持ちよさ。
こんなところがあったなんて!

美術に造詣がなくたって、なんも関係ありません。
日本人であるだけで十分!

今回の旅の大きな収穫でした。

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2008年10月 3日 (金)

何か、納得いかない!

Photo 私たちCCY(キャリア・コンサルタント有志の自主グループ)の活動目標の一つに、これから資格を取ろうとしている後輩の「ロープレトレーニングセミナー」があります。

キャリア支援は、資格があるから出来るという生易しいものではありませんが、少なくとも、優秀なキャリア・コンサルタントを輩出することは、これからの時代に是非とも必要なことだと思います。

ゆえに、なかなかトレーニングの機会がない学習者に場を提供し、擬似試験を体験してもらうことは、教える側の勉強にもなることから、このセミナーを実施しています。

ただ、グループが発足したばかりであることや、地域性等の観点から、当面は、あまり間口を広げ過ぎないよう、横浜地区の受験予定者に限定して告知をしてきました。

そんな中、今回も通学講座の開講中、休憩時間等を利用して告知させていただこうと、たまたま、実施団体に縁があったことから、私的に連絡させていただいたところ、何と!そこのシニアマネージャーから、「全国いずれのクラスも同じサービスを提供することを主眼として講座を開催しているため、特定クラスのみのご案内はご遠慮いただいておる次第でございます」との「返事」が舞い込みました!

一見、もっともらしい回答ですが、何か変!というか、納得いきません。

だれも、そちらに「サービス」してもらおうと言っているわけでもなし、先輩が後輩のサポートをしたいというだけで、大げさに言えば、キャリア・コンサルティングの底辺を広げるようとすることは、キャリアの発展に帰すると考えるからです。

つまり、この会社、要は資格を商売にしている自社の権益を守りたいだけで、本当はキャリアなんてどうでも良いんだろうと勘ぐりたくなります。

実は、これに似たことが以前にもあり、このときは、1次試験対策を後輩たちと共に勉強するために、テキストの購入を希望しました。

私が勉強していた頃使っていたテキストでは、最近のものと中身がかなり違うため、新しいテキストを分けて欲しいと申し出たわけですが、返答は、「販売期間が終了したので、申し訳有りませんが、ご要望にお応えできません」というもの

これって、テキストが売り切れて在庫がないという話でもなく、合格者を増やそうという主旨から言えば、本来、歓迎されてもいいはずなのに・・・ これも、「資格を商売にしている自社の権益を守りたい」というビジネスの視点としか思えませんでした。

そう言えば、この会社、国家資格の技能検定にも反対しているとか

資格なんて無くても、本当に相談者の役にたてるキャリア・コンサルタントを創出できれば、これ以上のことはないのですが、実際は、こうした資格を売り物にするビジネスが蔓延っていています。

ついつい、私たちも、それが早道だと乗せられてしまうのですが、介護ビジネスを例に引くまでもなく、何でもビジネスが一義的という風潮は時代性なのでしょうか?

何か、とても情けない気持ちになりました。

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2008年9月28日 (日)

変態!

Photo 香港紙・文匯報のコラム「日本のアダルト文化の日常的基礎」に、アダルトビデオや成人向け雑誌、風俗街などが日常にあふれている日本文化は「変態」的だという記事が載ったそうです。

まあ、フロイトによれば、「自我によって受け入れ難い性欲がコンプレックスの構造を色取る」そうで、人間生活の根源には性生活がつきまとうとするならば、人は何をもって「常態」といい、「変態」というかということもあるわけですが、そういう難しい話は置いておいて、確かに、最近の日本はあまり品が良いとは言えないですね。

アダルト文化はさて置いても、電車の座席で化粧直しをしていたり、ひどい場合には、着替えていたり、「恥の文化」が無くなったというか

そもそも、週刊誌なんかで、始終、俳優やタレント、芸人の「熱愛」スキャンダルのスクープ合戦をするのも、最近は、その「熱愛」が、「やったか、やらないか」なんて話になるわけなんで、何で熱愛がスキャンダルなのか分かりませんし、行き過ぎなような気もしますが、正直、ちょっと関心があったりします。(笑)

でも、どの場合も、その一つ一つの局面だけを捉えて、「文化」と言うのは極論でしょうね。

「文化」というよりは、むしろ、今の日本の「常態」は「変態」だなんていうパラドックスを考えたりしています。

つまり、以前、こういう話は、アンダーグラウンドな雑然とした雰囲気の中でされていたのが、極めて日常的かつ整然とした中で、「市民権を得た」ようになってきている様子がうかがわれるからです。

まあ、ブームなのか文化なのか、どちらにしても、言って変わるものでもなし(笑)

さて、あなたは、日本文化を「常態」、「変態」、どちらだと思いますか?

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2008年9月21日 (日)

狭い!

My_room 最近、本やCDがますます増えてきて、部屋の中がごった返しています。

とはいっても、別に散らかしているわけではなく、100円ショップで買ってきたカゴに入っていたり、入りきらないものは積んであったりしているのですが、とにかく量がもの凄い!

CDは4,000枚を超え、本も数えたことはないですが、おそらく100冊単位ではきかないでしょう。

綺麗に整理したくても、これ以上、部屋に本棚やCDキャビネットを置くスペースは無く、不要なものを処分というのは簡単ですが、専門書やクラシックCDは、一度手放すと二度と入手できない場合が多くて、いや、だいたい手放す気はこれっぽっちもないんですけどね。happy01

文庫や小説類は、リサイクルショップに持っていっても二束三文だし、もらってくれる同好の士もほとんどいないし、かといって、捨てるのはもったいないsign01ということで、ほとんどそのままになっています。

CDは、PCに取り込んでしまうことも検討しましたが、何せ数が桁違いですし、音質的にも、普段、国産高級車1台分程度のオーディオ装置で聴いているので、とても満足できそうもなく諦めました。

あとは、本、CDに続いて増殖している洋服をどうするか?というところですが、これも、結構愛着や、体型が変わったときのことを考えると、古くても捨てるに忍びなくて・・・ そう、だいたい物を捨てられないタイプなんです。

「いっそのこと、広い部屋に引越ししようかな」と言ったら、母親曰く、「親兄弟3人がいる家よりも広い所に住んでいるんだから (中略) 捨てなさいsign01」と一蹴されてしましました。

だって、本やCDはKidsの命の糧だから... あどけない「Kidsの部屋」のお話でした。smile

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2008年9月13日 (土)

権力

Photo Kidsは「権力」が大嫌いです。

地位や身分、経済力を笠に着て、自分の意思を通そう、あるいは、通るのが当たり前だという態度には虫唾がはしります。

しかし、一方で、会社であれ、何であれ、世の中に権力というものがなければ成り立たないという思いも密かに抱いています。

例えば、Kidsは、会社でマネージャーという地位にあります。

名ばかり管理者のような立場ではありますが、実際に部下が数名いて、仕事の指示をしています。

Kidsは、命令をすることは有りませんが、それでも、仕事を受ける側から見れば、Kidsからではなく、マネージャーから指示されたということに、職務を遂行すべき義務を負ったという感じは当然あるに違いありません。 だから、権力というものは、ある意味、必要悪だと考えています。

それでも、Kidsは、権力というものは、権威という裏づけがあってこそ認められるべきだと信じています。

権威は、権力を振るうことが許される人品の確かさだと思います。

人品の確かさとは、何も、常に清廉潔白であれということではありません。 だいたい、そんな人間はまずいません。

生き方の根底に正義がある、それともちょっと違います。

強いて言えば、「清濁合わせ飲む」こともしながら、心は和してるような、ときに間違いも犯すけど、それを過度に恥じたり、自己信頼を失わないような 。。。 ちょっと上手く言えないのですが、そんなイメージです。

そして、清廉潔白な人がいないように、人品が確かな人も滅多にいません。

権威は、一般的に人生経験の上に築かれます。 ゆえに、Kidsは、人は若いうちに権力を持つべきでない、又、歳若い者に権力を与えるべきではないと考えます。

実行力や成果に見返りを与えるのならば、コミッションで与え、権力は権威のかけらが備わってからでも遅くないのではないでしょうか?

「二世」が大方、初代を越えられないのは、権威のかけらさえ持たないうちに、権力を握ってしまうせいだと思います。

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2008年9月 7日 (日)

バランス

Photo 人は誰も自分を生かした「生」を送りたいと望んでいます。

しかし、現実は「思いどおり」や「したい放題」にやれるわけではありません。 現実に合わせていくことを要求されます。

つまり、現実には、いろいろな制約があって、大人も子どもも本音とたてまえを別々にして、ある意味、二重生活を営んでいます。

どの辺でバランスを取るかはその人に委ねられますが、そのバランスの取り方はなかなか難しいものです。

即ち、「本音」で生きれば外部に抵抗が生じ、期待に応えようと合わせてばかりいると自分が潰れてしまいます。

だから、時折、バランスを崩すこと自体は自然なことであり、長い目で見た場合、そんなに否定的に捉えることでもないと思います。

しかし、最近、このバランスの崩れ方が極端、あるいは、崩れ方の程度は軽度に見えながら、期間が長期に及ぶ人が多くなってきたような気がします。

普通、子どもが幼いうちは、何でも自分の通りになると思いたがります。 しかし、大きくなるうちに、なかなかそうはいかないことに気づきます。

そうして、だんだんと歳相応に現実を受けとめて、自分を生かしていくコツを覚えていきます。

ところが、要求を極度に抑えて現実に合わせてばかりだったり、逆に、要求に固執して現実を逸脱するばかりでいると、このコツをつかむタイミングを逸してしまいます。

それなのに、今の大人や世間はこの「ばかり」を無意識に要求する。 だから、こうしたバランスを崩した人間が増えてきたのだと思います。

又、「ばかり」ばかり(笑)だと、コミュニケーション的には当然、攻撃的か非主張的になり、本当の意味での協調が出来ないので、企業の生産性も次第に落ちてきます。 モラルやモチベーションが失われるからです。

どこの会社でも、上層部には優秀な人が多いはずなのに、このことに気がつく人がいないのは不思議なことです。 それとも、知ってて何もしないのでしょうか? だとしたら、それこそ会社、いえ、社会への背信行為に等しいと思います。

話は変わりますが、Kidsが以前働いていた会社の社長は、「勝つ」とか、「強い会社」という言葉がとても好きで、よく使う人でした。

これに対し、Kidsは、これらの言葉が嫌いで、しばしば聞いているフリをしながら、「克つ」、「好い会社」と心の中で唱えていました。

人それぞれ、立場があり、一概には言えませんが、「勝つ」、「強い」は、相手を想定して言うことばです。

ゆえに、もし、彼同様、多くの経営者が、グローバル時代・ユニバーサル社会の背景に「競争原理」しか見出せず、社員にバランスを崩さざるを得ない要求しか発想できないのならば事態は深刻です。

現実の生は「思いどおりにならない」、「合わせていく必要がある」という原点に帰らないと社会の歪みは大きくなるばかりだと思います。

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2008年9月 1日 (月)

充実感

Photo 最近、プライベートが充実してきました。

CCY(キャリア・コンサルタンツ・ヨコハマ)の活動をスタートし、規約の作成、グループの登録、施設利用の予約、月例会の準備の他、細かいところで、名刺や会印の準備、メールアドレスの取得、ブログの開設など、又、これからCDA試験を受ける後輩のロープレトレーニングセミナーをやったり、上級カウンセラーにスーパーヴィジョンを受けたり、産業カウンセラー系の勉強会に出たり、本を読んだり、結構忙しくしています。

又、そんな多忙な中、大好きな北海道にちょこちょこ出かけて、疲れた頭のクーリングダウンにも余念がありません。

もっとも、頭が疲れても、むしろ気持ちは活性化している感じです。 仕事で心身が疲労するとは好対照で、プライベートの充実がブレイクダウンを食い留まらせているようです。

実というと、体は絶不調で、糖尿の数値が高いと言われ、カロリーを控えめにして体重はかなり落ちましたが、どういうわけかA1Cはむしろ高くなってきて、通院のたびに検査検査、事実、いくら眠っても、疲れが全くといっていいほど取れません。

飲まないのに肝臓も悪いし、お腹のあたりが締め付けられるような気がするし、立ちくらみやめまいがするし、もっとも、後の方は、お医者さんに聞いても、「検査したけどなんともないよ」で済まされてしまい、「あまり気になるのなら、心療内科に行ってみたら」と言われる始末。

お腹の方は痛いわけではないし、立ちくらみやめまいも始終というわけではないので、忙しさを理由にあいまいにしてしまっていますが、正直、検査ばかりで結果が分からないのには辟易しています。

でも、モチベーションは高いです!やる気が漲っている感じ。

これで、仕事さえなければ、病気も良くなると思うのですが・・・ 一刻も早く、キャリアシフトが出来るように実力をつけたいと念じています。かつ、いろいろな出会いをこれまで以上に大切にして、プランドハプンタンスにしたいと思います。

さて、ブログも書いたし、次は何をしようかな?

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2008年8月30日 (土)

見捨てられ不安

Photo ここのところ、公私ともに忙しく、ブログの更新が滞ってしまいました。

先週末には、暫く前から参加している産業カウンセラーの自主グループの「サマースクール」に参加し、実に多くの気付きと感動に打たれて帰ってきました。

そのことについては、まだ、人様にきちんとお伝えするほど、体験したことをまとめられませんので、又、機会を改めてご報告します。

さて、最近、聴いた話の中で<見捨てられ不安>というものがあります。「見捨てられそうな不安」ということです。

これは、正しく、最近の世の中を表わしているように思われます。

昔は、子どもが外に遊びにいけば、近所の子が一人や二人必ずいて、何となく遊べたのが、いまや塾や習い事に行かない子どもは見捨てられる。 だからと言って、親に無理やり頼んで塾に行ったら、勉強についていけなくて、友だちや先生にまで見捨てられるわけです。

家庭では、核家族化が進んで、お父さん、お母さんと子どもだけ。 ところが、お父さんは忙しい。 お母さんも忙しい。 お父さん、お母さんが忘れたら、子どもはまったく見捨てられてしまいます。

でも、お父さん、お母さんは反論するでしょうね。 「見捨てたりしていない」・「子どものために一生懸命生きている」って言われると思います。

でも、本当にそうなのでしょうか?

例えば、家庭内暴力 : 最近の事例は、暴力なんて限度を越していて、殺人ですら珍しくない様相ですが、こうしたニュースのときに、よく親御さんが「あいつのために何でもやってやったのに、何が不満なんだか分からない!」といいますが、「何でもやってやった」ってなんでしょう? 「あいつのため」って誰が決めたのでしょう? 本当に見捨ててないですか?

学校で暴力を振るう子どもも社会問題になっています。 でも、彼らは、「本当に先生が憎くて」・「何かをされたから」暴れているのでしょうか? <見捨てられ不安>のために " これだけ殴っても、先生、僕のこと、好きか? " と叫んでいるのではないでしょうか?

子どもに限らず、おとなだって、グローバル社会の中で、職場で家庭で<見捨てられ不安>に苛まれています。

職場では、 成果主義人事のお蔭で、実績を上げないとすぐ見捨てられるし、バイトは使い捨てのように見捨てられるし、奥さんは、" 仕事なんだから、仕方ないだろう! " と見捨てられるし、旦那は、" どうせ話なんか、ろくに聞きもしないし " と見捨てられるし、爺ちゃん、婆ちゃんは、" 忙しいから、その話は後で " と見捨てられるし・・・・・

「見捨てられ方」が、現象面に留まっているのならまだましですが、これが『たましい』の問題になってきていることが、この世の中を歪めている根本原因のように思います。

先の家庭内暴力の話に戻ると、親は「あいつのために何でもやってやった」と言う。 確かに、言えば何でも買ってくれた。 塾に行きたいといえば、厳しい家計の中で、お母さんがパートに行ってまでして行かせてくれた。 旅行や行きたかった所にも連れていってくれた。

でも、そのとき、親の心の中に、少しでも恩着せがましい思いがなければ、「やってやった」という風にはならないはずです。

このとき、子どもが訴えたいのは、おそらく、言葉に出して上手くいえないけど、「お父さんの宗教は何ですか?」・「お母さんのたましいはどこに有るの?」みたいなことでしょう。

話が突然変わりますが、母乳で育った子どもは、哺乳瓶でもらった子より、お乳の出具合に合わせて、我慢したり、頑張って吸ったり、満腹だったり、赤ん坊でありながら、いろいろな人生経験をしているという話があります。

そうした人生経験を、『たましい』を通じて誰かに伝えることから逃げていると、<見捨てられ不安>は、今後益々世の中に蔓延していくように思います。

WEBやメールでは『たましい』は伝えられません。 便利さは常に「見捨てられる」危険を含んでいます。 膝詰め談判が無くなったことも、人生経験を、『たましい』を通じて伝えることが無くなった一原因でしょう。

時に、Kidsは、こんな話を誰かが読み、何かを感じてくれるかどうか? という <見捨てられ不安>に駆られているわけです。(笑)

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2008年8月16日 (土)

メンタル ストレングス

Photo 北京では熱戦が続いていますね!

志を遂げて、嬉し涙や爽やかな笑顔を浮かべる選手、思いが叶わず、悔し涙を浮かべる選手・放心してしまう選手、結果はさまざまですが、これまで辛い練習に耐えてきた、又、マスコミの心無い報道に耐えてきた日々を考えると、誰もが本当に良くやった!と称えてあげたい気持ちです。

それにしても、勝負に勝つことが「成功」というのならば、その「成功」する選手には、共通する特徴がありますね。

それは、「メンタル ストレングス」、精神力の強さと訳してしまうと何となく違う気がするので、敢えてカタカナで書きました。

精神力というと、「心頭滅却すれば・・・」 みたいな逆境をはね返す力みたいな感じで、どうもあまり好きな境地ではないのですが、Kidsがいう 「メンタル ストレングス」 は、自己信頼・自己肯定感に基づく 「心の安定感」 みたいなもの

自分で自分の 「気持ちの弱さ」 を十分知っていて、それを自分は素直に認めることが出来る。 ゆえに 「それをばねとして」 ではなく、「それが自分なんだ!」・「それでいいんだ!」 という潔さというか、自己信頼感が生まれる。

それがKidsが思う 「メンタル ストレングス」

もちろん、生まれ持った身体能力(フィジカル ストレングス)に、さらに鍛え抜かれた体と技術、こうしたものが備わっているのは大前提ですが、「いい選手」 には、だいたいこの 「メンタル ストレングス」 が有るように見受けられます。

例えば、競泳の北島選手、柔道の 「やわらちゃん」 こと谷選手、『また、勝っちゃいました!』 の内柴選手、女子レスリングの吉田選手

今回、予想以上の大活躍だった体操の新星・内村選手、卓球の 「愛ちゃん」 こと福原選手あたりは、年齢と経験を重ねて 「メンタル ストレングス」を身につけたら、もう鬼に金棒でしょう。

では、どうしたら 「メンタル ストレングス」 が身につくか?

それは、カウンセリングでしょうね。 自分の心の有り様に気がつくことから、「自己信頼や自己肯定感」 が生まれてきます。 最近流行の 「セルフカウンセリング」 も有効だと思います。

実は、Kidsはキャリアカウンセラー(コンサルタント)なのですが、こうした 「本当の自分の見つけ方」 みたいなものにより関心があります。

それには、もっと自分自身の 「メンタル ストレングス」 を鍛えないといけないですね。(笑)

個人的には 「オグシオ」 にカウンセリングしたいんだけど・・・ ダメかしら(爆)

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2008年8月 8日 (金)

中吊り広告

Photo 今週は遠距離の外出が多く、よく電車に乗った1週間でした。

車内では、大方本を読んでいるか寝ていたのですが、そのどちらもしていない時、嫌でも目に付くのが「中吊り広告」。 これがよく見るとなかなか興味深いものがあります。

特に面白いのが雑誌の広告です。 あの手この手で読者の目を引こうとしている努力のほどがうかがえます。

その一番のポイントが文字。 書体・色・大きさ・縁取り・中抜き・遠近加工、いろんなことをやっているものですね。

でも、やはり <目立たせる>という意味で、ゴシック系の文字が多いようです。 背景が青・紺・赤で白抜き文字が目立ちます。

雑誌のコンセプトや雑誌社によって選ぶカラーも微妙に違うようです。 例えば、週刊新潮などの一般週刊誌 と女性誌、ファッション誌、フライデー等の写真週刊誌、ヤングビジネスマンをターゲットにしたSPAなんかでは明らかに違います。

一般週刊誌では、先ほど述べた『青・紺・赤/白抜き』か、『白の背景/黒・紺の文字』で、やたら文字数が多く、卒業アルバムの欠席者の写真のように首から上だけの顔がぞろぞろくっついています。

女性誌は、文字の種類がとても多く、 「!」マークが多いのも特徴です。 <欠席者の写真>の表情が記事のタイトルによくマッチしていてなかなか笑えます。

ファッション誌では、ピンクや紫の文字が使われることが多く、写真は専属モデルのもの程度と意外と少ないみたいです。

写真週刊誌やSPAなどでは、<欠席者の写真>に手や足がついてきます。(笑)  『赤・金/黄抜き』など、全般的に派手な文字と文字飾りが使われていることが多いようです。

こうしてみると、日頃、何気なく見過ごしている「中吊り広告」も、その道の専門家がプロの意地をかけて取り組んでいる様子が分かって感心してしまいます。

それにしても、Kidsって、ひまなんだねぇ~って ・・・ そんなことはありませんよ。(笑)

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2008年8月 2日 (土)

CCY

Cda このたび、「キャリア・コンサルタント・グループ CCY(Career Consultants Yokohama)」を設立しました。

これまで、同期のCDA4人で毎月行っていた雑談会( 課題研究ともいう (笑) )に、今回、後輩CDA数人が参加してくれることになり、今後の活動展開の方法を検討した結果、当面NPOとまではいかなくても、会組織にして規約を定め、対外的にもアピールしていこうという方針のもと、グループ名を「CCY(Career Consultants Yokohama)」と決定しました。

活動目的は、規約に 「キャリアコンサルタントとして、キャリアカウンセリングの実践を通じて、学生・社会人・主婦・その他の就職支援を中心とする活動、ならびに、職場環境の変化の中で自立的なキャリア選択を求める人たちに対して、キャリア開発を支援する活動を行う。」謳っていますが、具体的には、キャリアコンサルタントとしてのスキルを高めるために、勉強会・セミナー等を自主的かつ定期的に行い、又、他の同様な活動をしている社会的グループや機関と協力や連携を進めて、キャリアカウンセリングの実効性を示すことです。

まだ、経験も浅く、実力も未知数なところが多いキャリアコンサルタント達ですが、その分、キャリア支援活動に対する意欲に満ち、かつ人間性に富んだメンバーが集い、きっと「何かが出来る!」と確信しています。

じっくり、焦らず、そのとき、その場で出来ることを確実に進め、機会があれば、今後、ますます重要になってくると思われるキャリアについての様々な問題に積極的に関わりながら、グループとしての存在意義を示したいと念願しています。

何はともあれ、ようやく滑走路についた飛行機のような気分。さあ、エンジンを入れて助走開始です。

大空に飛び立てるのは、果たしていつかな?

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2008年7月27日 (日)

天然?

Photo 先週、おかしな出来事が2つありました。

前のブログにあったように、今回、離島(利尻・礼文)に行ってきたわけですが、旅行に行くと必ず買う「絵葉書」に気に入ったものが少なく、そういえば、フェリーターミナルに掲示してあった「観光ポスター」を貰えないかと役場に尋ねると、実費で分けてくれるとのこと。

早速、言われた通りに現金書留を送ると、数日後、電話が ⇒ 「礼文町役場ですが」 「はい、お世話になっています。」 「あの、ポスターの件で」 「ええ」 「4書類あるのですが、どれが良いでしょう?」 「・・・・・・・・・・」

「あの、どれがと言われても、見てないので」 「ああ、それはそうですね。で、どうしましょう?」 「・・・・・ 後から又お金を送りますので、全部送ってください」

そして、その翌日 ⇒ 「利尻富士町産業課ですが」 「はい」 「ポスターの件で」 「はい、何か不備があったでしょうか?」 「いえ、ただ、ポスターが2種類あって」 「どちらがいいかと?」 「そうなんです!」 「・・・・・ 両方送ってください」

はあ~~~(笑)

そういえば、かつて、こんなこともありました。

札幌の映画館で、連れがポップコーンが欲しいというので ⇒ 「ポップコーンの(中)をください」 「あいにく(中)は売り切れで、(大)ならありますが」 「・・・・・ あの、そこに(中)の入れ物、有りますよね?」 「ええ、でも、(中)は売り切れなんです!」 「・・・・・・・ (連れに)どうする?」 「・・・ いらない」

芽室町に居た頃、朝起きて、あまり窓から見える日高連峰が綺麗なので、戸外に出て見惚れていると、近くの農家のじいちゃんが来て ⇒ 「どした?」 「綺麗ですねぇ~、あの山、何ていうんですか?」 「ん、昔からあるからなあ~!」

そういえば、みな、北海道の話ですねぇ~!

あの雄大な自然に壌なわれた風土が、こうしたおおらかな、というか、ちょっとピントのずれた天然の会話に繋がるのでしょうか?

でも、テレビのお笑い芸人のあざといネタよりも、これらの「脱力的」な言葉の数々が、いつまでも可笑しくて、繰り返し誰かに伝えたくなってしまうのは、なぜ?

やたらスピードが要求される時代に「天然」は、そのペースを一瞬、見直すべき、一種の清涼剤のような気がします。

もっとも、そう思っているのはKidsだけで、本気で怒る人もいるんだろうなぁ~!

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2008年7月20日 (日)

道北の旅 その3

【7月14日】 9時55分発のフェリーで利尻へ フェリーターミナル前の営業所(土産物屋)でレンタカーを借り、島巡りに出発。 昨日よりはかなりマシだが天気は相変わらすだ。

時計回りに観光コースを巡る。 姫沼⇒オタトマリ沼⇒仙法志⇒沓形港、姫沼はちょっと薄暗い感じ、観光案内所のような島の写真が飾ってある木の小屋の中で、若い女性が退屈そうにしていた。 オタドマリ沼に来て若干天気が回復、でも利尻富士は見えない。 売店の熊笹ソフトが美味しかった! 沓形港で海中探勝船に乗る。乗員は船長ともう一人のおじさんを除いて7人、船長は現役の漁師だそうで、うにの種類、コンブの裏表、その他を詳しく説明してくれる。 ほう引きで「スルメ」が当たったし、さほど期待していなかっただけに意外と面白かった。

そして、観光の合間にもう一つの目的「ルーツ探し」、 母が父の義姉から " 家の先祖は利尻島出身らしい "と聞き、その確認のため、役場を尋ねたが、「個人情報保護法」の関係で調べてもらえないそう ・・・ それでも職員は、すまなそうな顔で「電話帳」を渡してくれた。(笑) 結局、確認は出来ず。 後は郷土資料館や博物館、寺に聞くしかないようだが、残念なことに時間がない。 帰ってから手紙で聞くしかないか!?

夕方、フェリーターミナルに戻って、宿まで送迎してもらう。 今夜のお宿は高台の林に囲まれたペンション。

" ちょっと疲れた " という母を残して、ペンションから5分程度の町営温泉に行く。 ペンションの裏側に回り、サイクリングロードを横切って、遊歩道(散歩道)を進むと、ほどなくそれらしき物が見えてきた。 温泉はなかなかいい! 幾分、潮の香りがして、それでいて塩の味はしない。 回りは森林、野鳥の声がやけにハッキリ聞こえる。 特にウグイスの声は「爽やかに響き渡る」風。 快適だ!

夕食はペンションとはいえ、そこは場所的に純和風。 「うに」は甘いし、ガヤの煮付けは身離れがよく適度な弾力があって美味しかった。

夕食後に、ペンションのオーナーが、希望者を夕日を見に連れていってくれるというので、母と共に参加。 天気がずっと良くなかったので、見れるかどうか心配だったが、綺麗に見えた。 ただし夕日が丘展望台に70歳過ぎの母が登るのはちょっと大変。 まあ、喜んでいたみたいだからいいけど。

さて、明日はもう帰らなければならない。 されど、一度は利尻富士を天辺まで見たかったなあ!

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道北の旅 その2

いよいよ島に渡る。

【7月13日】 朝一のフェリーで礼文島へ。 今回初めて一等席に座る。 ゆったりしていて、リクライングしても後ろの席に迷惑がかからなそう、高いだけある。

残念ながら、天気はあまりよくない。 降ってはいないもののどんよりしている。 かなり島に近づいても島影が霞んで見える。

9時25分到着、定期観光バスAコースで島巡り。 決して若くない「たっぷりとした」ガイドさんだったが、島出身で花のこと、漁師さんのこと、生活一般のこと、とても具体的で分かり易く、ユーモアもあって好印象。

西上泊・スカイ岬⇒スコトン岬⇒桃岩猫台と進行、スカイ岬の遊歩道脇になぜか9月の花・レブンイワレンゲを発見! 全般的には白い花、特にカリフラワーのようなエゾニュウが幅を利かせている。 スコトン岬で風力ゼロは驚き! ここの売店の「昆布ソフト」はとても美味。 桃岩は上3分の1に雲がかかって見えなかった。もちろん、全篇を通じて利尻富士はまったく見えない。7月に入って殆どこんな天気が続いているそうだ。

フェリーターミナルに戻り、昼食後、しばらくブラブラしてから、宿に連絡、送迎してもらう。 今夜の宿は島の南端にある民宿、新館というのだろうか、食堂のある宿の正面海側にある小奇麗な部屋。 本来なら真正面に利尻富士のパノラマが見えるはずが、下の方が霞んでみえるばかりだ。

風呂をもらい、ひと寝入りして夕食。 漁師の宿のふんだんな魚料理を堪能、特にホッケの刺身が美味かった! 夕食後の散歩で海岸にスズランに似た可愛い花を発見、宿の息子さんと思しき若者に聞いたところ「ハマベンケイ」というらしい。 それにしても花に詳しいと思ったら、宿に飾った花の写真は全部彼が写したものという。

さあ、明日はいよいよ利尻だ!<続く>

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道北の旅  その1

40 12日から15日まで3泊4日で稚内・利尻・礼文を回ってきました。

【7月12日】 12時30分過ぎ、旭川空港に到着。 早速、空港カウンターで、予約していたレンタカーの手続をしようとしたところ、「滅多にない混み方」で30分以上待たされる。 その後、近くの営業所へ移動、母と2人だけなのでSクラスを予約していたのが新型ランサーになった。 稚内まで走ると言ったら、ナビの登録をしてくれた。 ナビは使ったことがないし、苦手なんだけど " まっ、いいか "

ナビのお薦めルートを進行、お蔭でどこをどう走っているのか分からない。 そうこうするうちに高速に乗っけれてしまった。 まったくの予想外。 まあ、早く着くだろうと気持ちを切り替える。

士別剣淵で降りて40号線に、本当は霧立峠越えで日本海側に出て走りたかったが、友人が「ずっと山の中でスタンドも店もない」というので、年寄り連れの為このまま走行。 しかし、車外の景色は全く単調、いわゆる北海道の田舎のまま。

17時30分、稚内着。 レンタカーの営業所からホテルまで送迎してもらう。 ドライバーのお兄さんは素朴な感じながら、天候のことから西條デパートのことまでよくしゃべった。

ホテルで小休止。 ビジネスホテルだが部屋は広くて新しく、設備や什器のレイアウトがよく考えられていて使いやすい。 窓の外は全日空ホテルの向うに北埠頭(旧フェリーターミナル)が見える。 夕食は、たこしゃぶが食べたくて、評判の「車屋・源氏」へ行く。 たこがやわらかくて美味しいが、味噌ごまのタレとの相性は? 別に頼んだ陶板焼の方が好みだった。 ホテルに戻って露天風呂(Good!)に浸かって就寝。<続く>

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2008年6月29日 (日)

時代小説の楽しみ

Photo 最近「時代小説」がよく売れているそうです。

そう言えば、本屋に行くと、毎月のように「時代小説」の新刊が平台に積んであって、中年以降の男女を中心に手を伸ばす人も多く、確かによく売れているようです。

かく言うKidsも、「時代小説」をよく読みます。

池波正太郎、藤沢周平、山本周五郎等、物故された大家の小説から、山本一力、乙川優三郎、宇江佐真理、澤田ふじ子など、どちらかと言えば、剣士物よりも市井物が好きですね。

勿論、「捕物帳」や「チャンバラ」も嫌いではないのですが、活劇場面ばかりだと、今で言うアクション、あるいはハードボイルドに似ていても、時代背景的にちょっと息が続かない感じがします。

それを考えると、大家と言われる方々の作品は、活劇場面の緊張感と日常場面が巧みに書き分けてあってバランスもよく、しかも日常場面の中に、主人公の性格や生きざま、さらに、物語を解決に導くヒント(伏線)がさりげなく添えられていて、さすがだと感心してしまいます。

大家といえば、先に述べた中で、司馬遼太郎が抜けていて "あれっ" と思われた方がおられると思いますが、実を明かすと、ちょっと苦手です。

何ていったらいいのでしょう。 真面目すぎるというか、硬いというか、しかも何冊にも及ぶ長編物が多く、読み終えてしまえば、かならず唸ってしまうような素晴らしい作品ばかりなのですが、時に、氏の膨大な知識や取材に基づく綿密な時代考証が疎ましくなることがあるのです。 ちょっと余談ですが

さて、時代小説の楽しみは、何といってもその自由さです。

情報網が発達していない、ある意味「逃げ場」のある社会で、誰でも捜査できるし、違法捜査もOK!それでも、道徳観念がきちんと通用して、「良い悪い」が正しいか、正しくないかで判断できる。 これが読後の爽快感につながります。

また、時代小説には、現代小説に無い「清潔感」があります。

何と言っても、昔は、人々が今より純粋でスレていなかったと考えられ、もちろん、不倫や袖の下もあったには違いありませんが、江戸時代以前の道徳観念や社会的制裁は死か、全てをなくすくらいの覚悟が必要でした。 よって、「悪」を成すにも「純粋さ」が必要だったです。 「時代小説」を読んで、後にもやもやが残ることがないのは、こうした「清潔感」ゆえなのでしょうね。

市井物(人情物)が好きな理由もそこにあります。

現代と比べれば行動範囲が狭く、情報が少なく、交際範囲も狭い社会で、余計な要素が少ないがために、生の人間同士の問題(人間同士の諍い、家族愛、夫婦愛、師弟愛、忠誠心、義理、人情)を通じて、人間を素直に深く見つめることができる。 優れた「市井物」を読むと温かい気持ちが湧いてきます。

今、時代小説を求める人々が増えた背景は、"生きるのに忙しくて、自分以外の事に構ってなんていられない" なんて世の中にあって、おそらく、多くの人が「生の渇き」を自覚しているからでしょう。

本が読まれるのは嬉しいけど、本当に嫌な世の中になったものですね。

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2008年6月22日 (日)

ポータブルオーディオ

Gigabeat_s30 先週から、外出時にHDDオーディオプレーヤーを聞きながら移動しています。

昔、ウォークマン全盛時代にしていたことはありますが、結構、持ち運びにかさばってしまって、又、バッグに入れておくとコードが絡まって難儀するので、数週間で止めてしまいました。

それに引きかえ、今のHDDプレーヤーやMP3プレーヤーは、非常にコンパクトな上、容量も大きく、以前とは比べものにならないほど沢山の曲を収録できます。 僅かな間なのに、テクノロジーの進歩に驚かされますね。

Kidsは、あまのじゃくに加えて、音質にかなりこだわりがあるので、かなり出費してiPodとは違うメーカーの機種を使用していますが、今になって、外で聞くなら、そんなこだわりも必要なかったような気もしています。

まあ、それなりに楽しんでいるので、いいんですけど...

これまで、通勤を始めとした移動時には、たいがい文庫本を読んでいました。

しかし、昨今は、益々乗車時の混雑が酷くなって、通勤時の車内などでは、立っているときはもとより、座っているときですら、足を蹴飛ばされたりバッグやカバンを顔にぶつけられたりするので、いっそ寝る体勢でバックミュージックにHDDプレーヤーを使おうと考えた次第です。

すると、これは、寝るには極めて効果的であることが分かりました。

つまり、本の場合は、中身が佳境に入ってくると、つい夢中になってなかなかページを閉じられず、目が疲れて読むのが辛くなったとき、ページを閉じて眠るかたちだったのですが、音楽の場合は、自然なかたちでいつの間にか寝られるので、体調回復にはもってこいだと知りました。

ここ最近、以前にも増して朝が弱くなり、通勤するときは、快速や急行に乗れば、20分以上遅い時間でいいのに、わざわざ数本早い各駅停車に座って爆睡し、それでも、少しも疲れが取れず、朝起きてから1時間半ぐらいたって、ようやく体が動き出すような毎日。

ちょっとやばいので、病院に行こうとも思うのですが、どうせ、また検査検査のあげく「何でもない」になるかと思うと、お金と時間が勿体なくて踏み切れません。

まあ、延々と待たされるのも、今後は、ポータブルプレーヤーを聞きながら寝ていればいいという対策が立ったので、後はタイミングだけ。

そのうち行ってきますよ、そのうちね。(笑)

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2008年6月15日 (日)

間に合わない!

Photo 昨夜、久しぶりに夢を見ました。

Kidsの場合、ほとんどの夢での背景やストーリーは覚えていません。

ただ、分かっていることは 「時間が足りない」 こと、そして、誰かのために何かをやっているっていうことだけです。

必ず一人か二人知っている人が出てきて、それ以外は知らない人ばかり。 とにかく必死で走ったり、階段を駆け上がったり降りたりしている自分がいます。 間に合わなければ何か大変なことが起こることが決まっているらしい。

夢はいつも途中で終わります。 ストーリーは完結せず、その割に間に合わなかったことだけは何故か分かっています。

非常に後味が悪く、ただでさえ朝が弱いKidsに二重のダメージを与える夢です。

心配なので、又、興味半分もあって 「夢判断」 をしてみました。

結果は、「進む道がわからず不安、混乱している状態です。決断力の低下や、ものごとが思うように運ばない焦りやいらだちを表すこともあります」

また、「夢の中の目標は現実世界の目標と関係している場合が多いが、この目標が何であるかを把握するのは難しいです。 『迷う』 夢の中の目標は取り戻したい精神状態、または物質的存在と関係があることが多いようです」 ということで、夢の目的地が家ならば⇒安全で安心できる安息の場、職場ならば⇒実行力、想像力、学校ならば⇒気楽で楽しい時間、という例が挙げられるということ。

ふ~ん、という感じですね。 " 思うように運ばない焦りやいらだち " は間違いないけれど、目標といったところで、夢の中でどこへ向かっているのかも不明。

例えば、<木立の中を必死で駆けている(自分以外にも10数人駆けている)。向うで大きな家、お屋敷といってもいいほどの家が燃えている! しかし、自分の家かどうかは分からない>とか、<スキー場で、上級者の彼女(?)が快調に滑っている。しかし、ゲレンデのその先には崖が迫ってるのが分かっていて ⇒ 助けたい、でも自分はほとんど滑れない>とか、<建物の中を上に行ったり下に行ったり、走り回って何かを探している。 そして、今度は、誰かのためにその人が休める場所を探している>といった具合です。

でも、強いて言えば「家」の範疇なのですかね。 どんなにテンパッテいても「職場」の夢って見たことないですから(笑)

しかし、どうせならば楽しい夢が見たいです。

何たって、一日で一番疲れているのが朝起きたとき、極端を言えば、<この状態のままならば、このまま一生起きない方がいい> と半分本気で思うぐらいグロッキー状態。 それでも、どうにか起き出して、嫌で仕方がない仕事に向かうKidsって、まるで殉教者のようです。(笑)

「(精神的な)安全で安心できる安息の場」 が欲しいものですね。

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2008年6月 8日 (日)

テキトー

Photo 皆さんは、「テキトー」というとどんなイメージが有りますか?

「いい加減」、「無責任」、「高田純次」(笑)、まあ、その他にも色々有ると思いますが、大体において良いイメージは無いと思います。

では、「適当」ではどうでしょう?

変わりませんか? でも、" かっこの中に適当な言葉を入れなさい " という試験問題に 「テキトー」な答えは入れないでしょう?(笑)

そう、「テキトー」には、" ある状態や目的に合う " という意味があります。

そして、今の若者たちは、この「ほどよく」 という生き方において、正に「テキトー」なような気がします。

というのは、彼らは、会社で出世のために必死になっても何の保証もないことを知っています。 自分の将来どころか、会社の将来も、日本の将来だって分からないので、だったら、「テキトー」にしていて、リスクを巧みに避けながらサバイバルするのが一番だと理解しているのです。

ところが、実は、彼らの多くは「理想」・「夢」をしっかり持っています。 でも、それは、団塊の世代やバブル世代の「おやじ」たちとはちょっと違うのです。

なぜなら、彼らの生き方は「ほどよく」で、「おやじ」たちの生き方は「よりよく」だからです。

「おやじ」たちが「よりよく」を求めたのは時代とも大きな関連があります。 「おやじ」たちは、戦後のマイナスあるいはゼロから、「よりよく」を目指して懸命に働き、高度成長という信じられないほど大きなプラスをもたらしました。

一方、現代の若者は、生まれた時、既にプラスで、それが次第にマイナスにシフトしてきた様子を見ながら成長しています。

だから、彼らは「よりよく」の限界も知り、又、飽食の時代にこれ以上「よりよく」は必要ではないと感じています。

「よりよく」よりは「ほどよく」、理想や夢も、家族や友だちの中で「テキトー」に暮していく中で実現したいと思っています。

敢えて繰り返しますが、彼らの「テキトー」はいい加減ではありません。 即ち、未来に大きな希望を持てない中で 「男らしく頑張るだけではバカバカしい」・「結果は後から付いてくるのはウソ」 と考えているわけです。

そういう意味では、内心同じ思いを持ちながら、それを押し殺してサービス残業している「おやじ」たちの方が心理的に「下流」なのかも知れません。

そういう若者が好きな「おやじ」は、①いつまでも若々しい ②いばらない、押し付けない、文句を言わない ③人の悪口を言わない ④仕事を楽しくやっている ⑤専門外のジャンルにも明るい、遊びが得意である(仕事オンリーじゃない、趣味が多い) ⑥むやみにつるまない ⑦家族を大事にしている ⑧友だちが多い ⑨必死にならない(無理をしない) だといいます。

正直言うと、Kidsもこういう「おやじ」が好きです。 自分はどうかって? ④以外はいい線いっていると思いますが・・・(笑&泣)

さて、そういう若者たちもそのうち「おやじ」になる日がやってきます。 Kidsはその時どういう風に世の中が変わるかとても楽しみにしています。

彼らが、 " 今の若者はダメ " というのか、" 世の中、変わった!" と喜ぶのか、はたまた関心を持たないか、少なくとも、今よりも明るい世の中になればいいと期待しています。

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2008年6月 2日 (月)

旅の非日常性

Photo 2日間、急ぎ足で札幌・小樽を巡ってきました。

土曜日は札幌で映画とショッピング&グルメにボウリング。 まあ、お決まりのコースです。

映画は、相方の希望で「ナルニア国物語 2」に決定。 ところが、前作を見てなかったので、始まってしばらくは???

説明が一切無いところをみると、 どうも最初から連作で作られているような気がしました。 しかも、「ロード オブ ザ リング」にかなり似ている! まあ、連れが満足気だったので良かったことにしておきます。(笑)

日曜は小樽行。 前日の天気予報が雨でちょっと心配だったのですが、晴れとは言えないものの時折日も射す程度の天気。

まずは、ちょうどお昼時だったので、「なると」で鳥焼き定食を賞味。 若鶏半身のから揚げがすごいボリューム! でも、とてもジューシーで、塩加減が絶妙、皮もパリパリで、あまりの美味しさにあっと言う間にペロッと完食してしまいました。 ただし、手も口もベタベタになります。 見れば、お客さんのほぼ100%が鳥焼き定食を頼んでいて、「キング オブ B級グルメ」に認定!

店を後にしてからは、色内大通りから堺町本通りへ出て土産物店やガラス体験工房、飲食店などを探訪。 何か前よりもお店が増えているような気がしました。 北一ガラスのアウトレットまであります。 ただし、アウトレットだもんねという感じの品揃え。

ガラス製品以外には、オルゴール、木・布・革の工芸品のお店が沢山ありました。 革製品のお店で「いたがきの鞄」にちょっとグラッときましたが、その良さは知っていても、衝動買いにはなかなか辛いお値段なのであえなく撃沈。

後は北菓楼でお土産を買って、北一ホールでお茶。 途中、少しばかり雨に降られたものの帽子を被っていると感じない程度で、のんびり散歩モードで楽しんできました。

「のんびり」いいですよね。 なぜか最近、自分でも明らかに「ストレス モード」で疲れていたのがスーッと消えていく感じ。 「旅」に出ると、例え、短期間であっても、都会の喧騒を離れ「非日常」に身を置く事がリフレッシュに繋がり大きな効用をもたらします。 Kidの場合、特に歳を重ねていく連れその感覚が強くなってきました。

さて、今度は、いつ「旅」に出ようかな。

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2008年5月25日 (日)

プラス思考

Photo 最近、日本人に横行している「個人主義」。

Kidsに言わせれば、救急車をタクシー代わりにしたり、家庭のゴミをコンビニや他人のマンションのゴミステーションに捨てに行ったり、シルバーシートを占領したり、単に " 自分だけ好ければそれでいい " ような行為 = 他人に迷惑を掛けたり、相手を貶めたり否定すること が「個人主義」とも思えませんが、とにかく「日本人が変!」です。

私見では、「個人主義」は「成果主義」の導入に伴って進化してきた概念のように思います。 即ち、ビジネスにおける「損得」を人間関係やプライベートにまで適用してしまった結果、大きな社会的な歪みが生じてしまったと捉えています。

本来、「善悪」で判断すべき事柄を、何でも「損得」で考え判断するから、環境破壊、資源の枯渇、弱い者苛めに歯止めがかからないのだと思います。

しかも、終身雇用制が失われて、「成果主義」の環境のもと、「父親」は余裕を全く失って益々仕事一辺倒になりがちです。 家庭にあって子どもに示さなければならない父親の権威、特に「善悪」の判断を示す機会はほとんどないと言っていいでしょう。

その結果、日本人は、古来日本人の類稀なる「気」の文化を失う危機に直面しています。

「気」は普段、私たちが見えない世界に有りながら、その人の「根っこ」にあるもので、大雑把に「本心」と置き換えられるものです。 これまで、私たち日本人は、この「気」が見えないものでありながら、「言霊」を通じてこれを感得する力を持っていました。

しかし、「気」を知るには無心であることが必要で、「損得」を考えていると無心になれないため、相手のマイナスの言動をマイナスでしか受け取ることが出来ません。

ところが、「日本型個人主義」は「損得」の関係性で成り立っているため、職場においても家庭においても上辺だけの関係となり、本当のコミュニケーションが成り立たない結果、多くの場面で機能不全に陥っているように思います。

しかも、前述の本来「善悪」の教育を担うべく(中間)管理職の「父親」は本当に忙しくて、プラスの人生を望みながらマイナス思考に傾きがちなストレスにさらされています。

それでも、哲人曰く、" プラス思考でプラスの言葉を話し、ポジティブに行動した方がプラスの運勢を引き寄せられる " 世の理不尽や不合理を嘆いているよりは、プラス思考に変換した方が「成幸」(幸せに成る)出来そうです。

ならば明日からはプラス思考で行きましょう! ・・・・・ と大きな自戒を込めつつ(笑)

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2008年5月17日 (土)

トイレトレーニング

Photo 先ほど何気なくラジオを聞いていたら、「神経質」について興味深い話をしていました。

「神経質」は気質のように思われているけれど、育った文化や慣習が大いに影響しているというのです。

その顕著なものが「トイレトレーニング」

母親にとって、自分の子どもがどれだけ早くオムツが取れるかいうことは、母親としてのプライドの一つであって、一生懸命に努力するのだそうです。
一方、それは、子どもにとって、初めて緊張感を強いられる体験であり、例えば、いつまでも「おねしょ」が止まないという状況は、"自分は汚いんだ。 だから親に愛されないんだ。" という常に親に気を使う神経的な素質を生み出す。

もともと日本人は、「清潔」という衛生面を重んじる傾向があって、特に、最近の母親たちは、消臭・抗菌というものに異常なくらい「神経質」になっているので、少しでも汚れている環境に耐えられません。

しかし、世界のいくつかの発展途上国に見られるような本当の不衛生にさらされているのと違って、日本は極めて衛生的な国です。(最近、一連の食品関係の不祥事は別として)

だから、『子どもの生理的な状況にあまり過敏だと「閉鎖的」な性格の子どもが育つ』 とそのラジオでは言っていました。

そして、そういう状況で、子どもたちが大人になると、もちろん個人差はありますが、「おおらかさ」が欠けてしまって、ひどい場合は神経症的になる場合も有り得、翻って、そういう大人たちが住む社会は、「神経質」なストレス社会であって間違いはないということでした。

まさか育児がストレス社会に影響を及ぼすとは思いませんでしたが、日常生活の中で、確かに日本人、特に今の日本人に「おおらかさ」を感じる機会はあまりないですね。

もっと自他に向けてリラックスし、ゆとりを持って接することに多くの人が努めたら、世の中はもっと良くなるのではないかと思うのですが・・・

皆さん、いかがなものでしょうか?

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2008年5月11日 (日)

シスレーと空

Photo 毎週土曜日10時、テレビ東京の「美の巨人たち」はお気に入りの番組の一つです。

その「美の巨人たち」の今回のテーマは「シスレー『ポール・マルリ 洪水と小舟』」

1876年に実際に起きたセーヌ川の氾濫を描いた有名な作品ですが、だからと言って、シスレーに災害をドラマティックに描こうとした意図は希薄で、ただ「洪水によって作られた水のある美しい風景」という印象を受けます。

特に印象的なのは、テレビでも指摘していましたが、その青々とした空の広さと高さ。

番組中に空を専門に撮っている女性写真家が言っていましたが、確かにシスレーの空は、他の画家の描く空に比べて、キャンバス全体における空の割合が多く、又、その殆どが上向き目線で描いたものばかりです。(俯瞰的な構図の作品は「ルーヴシエンヌのマルリーの丘ぐらいでしょうか?)

なぜそうなのか? その答えとして、写真家は、自作の連続写真を示しながらこういう意味のことを言っていました。 " 空は一瞬たりとも同じ表情を見せない。 風も雲も光りや影さえ・・・ "

そう、私たちの周りの風景でさえ、瞬時に千変万化して同じところに留まらない。

ならば、Kidsもよく言う 「変わりばえのしない人生」 って何なのでしょう? きっと、変わっているはずですよね。

でも、人間は意識したものしか見ないし聞こえないから、自分の意図にそぐわない事象をシャットアウトしている。

もしかしたら、人生の大事な瞬間を見落としているかも!

シスレーは生涯、人物画を描かず、身の回りの平凡な風景を描き続けました。

画風も生涯変わらず、美しくも地味な絵ばかりを描き、貧乏なまま一生を終えました。

しかし、晩年の「モレの橋」や「サン=マメス」に至るまで、その空は、移ろい行く一瞬一瞬のベストショットとして、私たちの心を和ませてくれます。

もしかしたら、人生にムダはなく、ムダなのは、私たちの「落ち着かない心」なのかもしれないなんて、似合わないことを考えてしまいました。

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2008年5月 4日 (日)

スローライフに主役はいらない

Photo Kidsはスローライフに憧れています。

だから、これまで2回ほど都会を脱出して北海道の田舎で暮らしました。

シンプルな生活はなかなか良いものです。 畑や漁とはいかないかもしれないけど、お店でも何でも生業を果たし、一日が否応なく終われば、美味しいものを食べたり、一杯やって後は寝るだけ。 休みには自然の中に身を横たえ・・・

「生きがい」・「自分探し」なんて考えもせず、考えるひまもなく、考えなくても十分幸せな生活。 う~ん、・・・・・憧れますねぇ~

だいたい「生きがい」や「自分探し」なんて、ビジネス以外に自分という「主役」の居る場所を追求することなのですから、「主役」を張ることを端から臨まなければ悩む必要はない。

そう、Kidsはコンペティティブ(競争的な)社会が大嫌いなのです。

コンペティティブ社会では、最終的に「主役」を張れるのは唯一人です。 なぜなら、誰もが競争相手だから、他社や同僚、時には上司と競争してこれに勝っても、別な相手が際限なく現れて終わりというものがないからです。

従って、大多数の人間はこの競争に勝てない。 だから、「生きがい」・「自分探し」という『現代病』に罹ってしまうのだと思います。

週刊誌やマスコミが「みんなが主役」なんていう特集を組んだりするのも誤解を与えているのでしょう。

" 誰もが良いところを持っている " とか、" 精神的に自立する " とか、" ライフキャリアを考えよう " という趣旨は分かりますが、どうして「主役」でなくてはいけないのでしょう? 「脇役」の方が輝いているドラマはいっぱいありますよね。

さて、Kidsは、過去2回、その大嫌いなコンペティティブ社会から離れ、スローライフを実現しようと健闘して失敗しました。

と言うのは、正直な話、田舎暮らしというのは、田舎に行けば行くほど、都会人が入り込めない地縁という名の人間関係や習慣があるということに気付くのが遅れたからです。

又、その田舎でスローライフを実践したいと思っても、その道筋を作るためには、政治的な手腕やお金が必要だという希望と逆向する現実があって、「重心の置きどころ」が見つけられなくなってしまい精神的に疲れてしまったこともありました。

しかし、それも今になって考えれば、" どこかで「主役」になりたいと望んでいたのかな " というような気もします。

何といっても、一番面倒なのは「人間関係」。

そして、又、今や「主役」を張る自信もその気もないKidsは、遅くとも10年後には、「本当のスローライフ」を追求しようと画策しているのです。

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2008年4月27日 (日)

コンピューターシティ

Photo 水信というフルーツパーラーが閉店します。 横浜で昭和31年から営業してきた老舗です。

今後、別の場所に移って営業する予定はあるといいますが、未確定のようです。 なかなか繁盛していたように思うのですが、これはビルのオーナーの意向なのでしょうか?

話は変わりますが、最近、家のそばにあった銭湯が2軒相次いで廃業しました。

後継者問題・老朽化等、色々と問題があったようですが、その為、近所の古いアパートに住む単身者や高齢者は、電車に乗って「スーパー銭湯」に行かなければならなくなりました。

昔、通ったせんべい屋さん、和菓子と洋菓子両方やっていたお菓子屋さんなど、横浜に帰ってきた2年前には既に無く、時代の流れといえばそうなのかも知れませんが、その代わりに出来た建物は、何処に行っても代わり映えのしないファッションビルや大型複合施設ばかりです。

ブランド物やミシュラン級のレストラン、CDショップやアミューズメント施設(ゲームセンター、映画館、エステ、スパ、・・・ )等、おしゃれではあっても没個性的で無機質、Kidsには、どこがいいのか全く分かりません。

何か、先に店有りきで、人は後回しのような気がします。

本来、街というのは、自然発生的なものでした。 村と村の間に市ができ、そこに人が集まり市街地となった。 街は生き物でした。

ところが、今の様相は、日本、特に都市部は、流行に乗ることでしか生き残れない不幸な人工の島になってしまいました。

日中はまだしも、夜は空虚なビルと化し、生活の臭いが殆どなくなります。

そこでは、人間も、家や学校、その他の「最寄」から分離して、日常が画一的になりました。 ゆえに、社会性が失われて「民主主義」が「個人主義」と同義になってしまいました。

上下関係をはっきりさせ頭と体に覚えこませる「教育」がされない反面、情報社会の恩恵をたっぷりと受け、権利意識や自己中心的な観念ばかりが育って、本来、集団生活を営む動物に必要なルールを学んでいない人間が増えています。

民主主義は拝金主義ではなく、自由でもないことを理解しなければ国は滅びます。

赤坂のビルの28階からガラス越しに林立するビルを眺めるたびに、ファッションビルやインテリジェンスビルの乱立が、公共性を捨て経済優先主義に走る行政の論理と同じ根っこのように感じるのはKidsだけなのでしょうか?

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2008年4月19日 (土)

上から目線

Photo 赤坂の新オフィスに移ってから早くも1ヶ月になろうとしています。

千代田線赤坂駅直結のインテリジェンスビルで、セキュリティ・その他、ハイテクを駆使したビルなので、引越し当初は " エリートサラリーマンばかりなんだろう " と思っていました。

でも実際は、TBSに隣接していて、博報堂さんが数フロアーを占めているなど、クリエイティブ系の人たちが多く出入りしていて、エレベーターの中で聞こえてくる会話も、良く言えば「ざっくばらん」、悪く言えば「がさつ」で、ちょっとイメージと違っていました。

例えば、よく聞くのが " 〇〇さん(ちゃん)は・・・・・な人だから " というフレーズ、それ以外にも " だって・・・しなきゃどうしようもないだろう " みたいな言葉を耳にすることが多いようです。

そう、「決め付け」あるいは「レッテル貼り」。 Kidsもしないとは言えませんが、ちょっと気になります。

しかも、まだ、社会経験ならびに人生経験の浅い人たちが言うのならともかく、殆どがKidsと大して年齢の違わない、おそらく会社にあっては中間管理職以上の方々

それが、部下やスタッフにさっきのような「訓示」を垂れている。 多分この構図は、聞いている人たちが上級職に就いたときに繰り返されることでしょう。

そう言えば、テレビでよく見る " 〇〇の事情にお詳しい□□評論家のX氏 " や日曜討論等で発言される政治家にもこういう言い方が多いようです。

ちなみに、Kidsの会社でも、次期社長がよくこういう言い方をします。まあ、30代そこそこで苦労も知らず、親の引いた路線に乗って歩んできただけなので、仕方がないと言えば仕方がないのですが、はっきり言って " お前に他人の人たる何が分かるのよ! " と言いたくなることも始終です。

どうも「レッテル貼り」には「上から目線」が多いようです。

かつて海軍元帥・山本五十六氏は、かの著名な <やってみて、いって聞かせて、させてみて・・・・・・> の後に次のような言葉を述べました。

『やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず』

地位だけではない人間的な高みに到達した人間の誠の言葉には、深い含蓄がありますね。

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2008年4月13日 (日)

帽子

Wind_bell 若い頃からファッションに興味があったのですが、当時は健康優良児を遥かに凌ぐ体型で好みを選ぶことができなかったので、思いを封印していました。

それが、ある時、会社の健康診断でレッドカードを突きつけられ、通院中に、カロリー制限の甲斐があって3ヶ月で17kgのダイエットに成功。

すると、数値もみるみるうちに標準のど真ん中になって、通院する必要がなくなってしまいました。

そうなると、当然ながら、それまでいた服を着ることができません。 ウエストなんかは15cm以上細くなってしまったので、リフォームさえままならず全取っ替え。

それをいいことに、一時は、お金の続く限り、憧れのブランド品を買いあさって悦に入っていました。

今は、その「熱」も去り、体型も、何回かのリバウンド⇒ダイエットを繰り返した後で立派なメタボになったので、着る物も適当にブレンドしていますが、それでも、街のウインド越しにお洒落な洋服を見つけると自然と目が行くのは避けられないようです。

その代わりと言ってはなんですが、最近、凝っているのが帽子。

最初は、ショップで洋服を買う際に、トータルファッションで薦められた物を被っていただけなのですが、鏡を見たら、確かにKidsの頭は帽子に合う形をしているようで、そうと知ったら、元々「新し物好き」&「変わった物好き」の血が騒ぎ、気が付いてみると、壁に掛かっているだけでも30個以上の帽子持ちになっていました。

しかも、5年ぐらい前から頭を短いスポーツ刈りにしてしまったので、帽子の選択肢の幅が増えて最近また増殖中。

ところで、素朴な疑問なのですが、日本の女性や最近の若者は帽子を被る機会が多いようですが、男性、特に中年以降はあまり帽子を被りませんね。 どうしてなんでしょう?

ただでさえ、女性に比べて地味、没個性的なファッションが多いのですから、自分をもっとアピールしてもいいのではないかと思うのですが・・・

これも「組織内個人」である日本の男性の表れなんでしょうかね。

そういえば、アメリカの友人が 「日本人男性のファッションは、制服と似ているね」と言っていました。

「 ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 」

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2008年4月 6日 (日)

思いの核心

Photo 後輩たちの「CDA二次試験勉強会」にオブザーバーとして参加しました。

皆、未だ新米の域を超えない先輩CDAの話を素直に、且つ、とても熱心に聴いてくれて感激しました。

インテーク面談における「傾聴」は、とても奥が深く、これで出来たというゴールがありません。 そう、カウンセリングが有益だったか否かはクライアントが判断することだからです。

クライアントが真に伝えたいこと。 その思いの核心部分に感応し、寄り添うことができるかどうかは、「心の琴線」に触れたかどうかと言ったような極めてセンシティブなものなので、相手に対する尊敬や信頼性があって初めて生じるものです。

だから、新米CDAにとっても、こうした「勉強会」は非常に有益な体験の場であり、しかも「同好の士」は、皆、本質的にキャリア支援を通じて何らかの・・・ 大げさに言えば、社会貢献や自己実現を果たしたいという意思があるせいか、Kidsは、とても「体温」が近いような気がして居心地の良い時間を過ごすことができました。

「集い」が「試験対策」のみならず、長く続くことを願っています。

さて、話は変わりますが、昨日は勉強会の後、自宅で古い映画を見ました。

ダスティン・ホフマン主演の「レインマン」という映画です。

賞とかも取って非常に有名な作品であり、ご覧になった方も多いと思いますので、ストーリーには敢えて触れませんが、この映画を見て感じたことが、正に「心の琴線」であり、「体温」が近いというものでした。

しかし、アメリカという国は、一方ではこうした素晴らしい映画を生み出す傍ら、ベトナムでそして中東で人権無視の殺戮を続けてきました。

人の心の二面性、あるいは多面性はよく知られるところですが、その総体としての国や企業が、最近「背反する意思」を国民や従業員に押し付けようとするあまり、世の中が混沌としてきたような気がします。

もっと相手それぞれの「思いの核心部分に感応し、寄り添う」ことに心を尽くせば・・・例えば、後期高齢者医療制度のような馬鹿げた悪政は行われるはずがないと思うのはKidsだけでしょうか?

なさけない。

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2008年3月30日 (日)

有為な全体

Photo 先週の暖かさが嘘のように、厚い雲の立ち込めた寒い朝です。

休日とはいえ、こんな日は外に出掛ける気分にならないので、先ほどから「hyperion」のロマンティック・ピアノ・コンチェルト・シリーズ を続けざまに聴いていましたが、アレンスキー、ボルトキエヴィチ、パデレフスキー、モシュコフスキー、リャプノフ、グラズノフ、ゲヂッケ、いずれも「ロマンティック」で魅力的な部分はあるのですが、チャイコフスキー、ラフマニノフ、グリーグ等、大家のコンテェルトに比べると全体的にまとまりに欠け、消化不良な感じが否めません。

音楽に限らず、こういうことってよくありますね。

麺もスープも美味しいのにもう一度行こうかという気にならないラーメン屋とか、女優やモデル並みの美人なのに色香を感じない女性とか・・・ どうしてなんでしょうね?

会社でもそうです。ひとりひとりは能力もあり、目標設定も的確で一所懸命頑張っているにに会社の業績は一向に上がらないとか、そういえば、Kidsにはロシア人の友だちがいないので本当かどうか分かりませんが、ロシア通の友人はロシアを称して「皆、とてもフレンドリーで良い人ばかりなんだけど、ロシアという国自体はなんか変で、いつまで経っても理解できないし、好きではない」と言っています。

そう、「有為な全体」として機能していない。 そういう感じです。

それでも、よくよく考えれば、それなりの答えはあるのでしょう。 先ほどのピアノ・コンチェルトでいえば、作曲家として「メロディーメーカー」を超える才能がないとか、ラーメンでいえば、麺の素材や太さがスープとマッチしていないとか、でも、人間の場合はどうなんでしょうね?

会社や国家は、" 卵が先か、ニワトリが先か? " でいえば、人が最初にあってその後に出来た概念ですから、言わば「契約関係」で、その目標や理念に「個々の思い」などは想定していないでしょうから、それが、その従業員なり国民を一定の枠に取り込んで、かつ「有為な全体」の為に機能させようと思えば無理があるのだろうと勝手に想像しています。

個人の立場でいえば、会社なら、嫌なら辞めればいいわけですが、国を辞すのは、不可能とは言わなくとも、そうそう勝手にできることでもありません。 又、国家としても、それを望み推進するものでもないでしょう。

となれば、為政者は、もっと視点を国民レベルに据えて真剣に考えて欲しいと思います。 上に立つものの意識が民衆と乖離し、勝手な法律を作って、上から目線で「逆らうのなら・・・」みたいなことをやる一方、自分たちは利益誘導を図っているばかりではどこかの会社と変わりがありません。

美味いラーメンを「美味い!」と感じ、有為なる全体として社会に認識させるのは最終的に「ひと」であって、完璧なラーメンを飾っておいてもどうにもならないことを己の「舌」で知るべきだと思います。

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2008年3月23日 (日)

ラジオ

Photo 家のテレビが映らなくなってかなり経ちます。

最初はさんざん叩いたり、付けたり消したりした結果、暫く放っておくと勝手に付くことがわかり、見たい番組がある時は早めにスイッチを入れて待っていましたが、その後、しだいしだいに待ち時間が長くなって音しか出ないようになりました。

普段の夜はたいてい11時過ぎまで実家に居るし、深夜や休みの日にテレビを見る習慣がないので、あまり痛痒は感じませんが、借りてきたDVDをパソコンのモニターで見ていると暗い画面で細部がハッキリしません。

「カカクコム」や「ヤフオク」でテレビを探したりもしましたが、そうなると「地デジ」搭載テレビが欲しくなって⇒ そこそこ大きな画面が見たくなって⇒ でも、まだまだ値段が高いし⇒ 普段はほとんど見ないので⇒ 勿体ないから、買わずじまいで今日に至っています。

でも、おそらく、喫煙者が何となく手持ち無沙汰でタバコを吸うように、天気が悪かったり、寒くて外出しないときに、本もCDも寝るのにも飽きてしまった結果、何となくテレビを見たいと思うことがあります。

そんな折、床屋で久しぶりにラジオを聞き、「そうだ、ラジオがあるじゃないか!」 と早速リサイクルショップで聞いたこともないメーカーのラジオを買ってきました。

ところが、これが意外とスグレモノ。 AM&FM&TVまで聞くことが出来て、しかも感度がいい!

ラジオだと「ながら聞き」で寝てしまってもいいし、眼は疲れないし、音楽などは、TVよりも数段早く最新情報に触れられるし、ニュースだって、暗くて重たい内容をもっともらしい顔で語るキャスターを見なくて済むし、いざとなればインターネットだってあるのだからTVがなくても快適です。

正直言って、映画やスポーツ、旅番組を高画質・大画面のTVで見たいという気がしないわけではありませんが・・・ まあ、当面、そちらの方はDVDや実家のTVで見ることにして、ここは倹約に努めることにしました。

と言いつつ、Kidsは今の今まで、ネットでアナログプレーヤーを物色していたのでした。(笑)

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2008年3月22日 (土)

引越し

Photo 今週は、会社(正確にいうと一部)の引越しのため、荷造り・片付け、運搬と忙しなく動いていました。

人事総務部は女子社員が多く、僅かばかりいる男性社員と言えば、役員と年配者、そしてKidsなので、こうした場合はどうしてもKidsに負荷が罹りがちになります。

もちろん、実際の移動は運送会社がやるのですが、今度の引越し先が赤坂駅直結という最新ビルの高層階。 家賃の関係で専有面積が減ってしまった分だけこれまで使っていたキャビネット等什器の置き場が無くなり、書類や備品を倉庫やしかるべき保管場所に移す必要に駆られてということなのでした。

しかし、だからと言って、人事総務(労務)関係の書類は法令により保有期間が定められているものが多く、捨てることはもとより、万が一『査察』が有った場合に「今から取りに行きます。」というわけにはいかないので、減量には自ずから限度があります。

それを知ってか知らずか(←おそらく後者)、上司は「何とかしろ!」の一辺倒。 だいたい営業はともかく、管理部門に『見栄え』のメリットはあまりないので、何でわざわざ狭い所に引越ししなければならないのか疑問です。

まあ、『成り上がり』の経営者というのは格好つけたがりが多いので、『見栄え』というよりは『見得』でしょうね。 自分は皇居の見える眺めのよい部屋を専有できるから、社員がオイル・サーディンよろしく窮屈な思いをしても心は痛まないのでしょう。 ついでに言えば、当社に食堂・休憩室・その他福利厚生施設は特にありません。

建物は役職別カードにより、セキュリーティは万全。 空調、照明、ブラインドに至るまでマイコン制御。 もともと稟議書等、多くの回覧書類は電子決裁なので、ある意味では、時代の先端を行っているように錯覚しがちですが、それよりも、ES、EQ、CSR等、『人』に関わる部分で時代をリードするような会社であって欲しいというKidsの想いは、常に届くことなく空しい気持ちばかりが募ります。

「この国」があって「この会社」があり、権力や金を握った『強者』が庶民という『弱者』にパワーハラスメントを行使するという図式には公私の別もなく、些かの揺るぎもないようで「遺憾に思います。」

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2008年3月16日 (日)

気持ちに寄り添う態度

Photo 産業カウンセラー有資格者の自主的勉強会に参加しました。

CDA仲間で産業カウンセラーの有資格者である知人の紹介です。

なぜ「他流試合」に行ったのかと言えば、そもそもCDA(キャリアカウンセラー)の役割はキャリア(職業)に関する支援を担うものなので、その支援の範囲に限界があり、クライエント(相談者)に精神疾患が有る場合や心理療法が必要な場合、その他、特別な支援が必要な場合には専門家にバトンタッチ(リファー)しなければなりません。

一方、産業カウンセラーは、「心理学的手法を用いて、働く人たちが抱える問題を、自らの力で解決できるように援助しています。」 というように、その活動領域がメンタルヘルスにまで及ぶので、より広い範囲の支援が可能です。

よって、「仕事の相談」に留まらず、より多様な場面で人間関係開発の援助が出来る産業カウンセラーの「CDA+α」の資質を担うカウンセリングとはどういうものなのかを体験したいと思ったのでした。

行くまではちょっとドキドキ、でも、始まって数分で、そんな思いは無用だったと知りました。

というのも、講師の方が御歳81歳の女性のカウンセラーだったのですが、そこに居るだけで自然と「温もり」が伝わってくるような素晴らしい先生で、しかも「感度」が抜群。

「クライエントは、必ず何かを話したくて来る」 ⇒ (だから)「クライエントの気持ちを受け入れ」 ⇒ 「調査的、解釈的、評価的、支持的態度を捨て」 ⇒ 「共感的・受容的態度で」 ⇒ 話し手の語っている事柄と気持ち(感情)が十分に言語化するように」・「体に閉じ込めている感情が表出するように」  ⇒ 「素直に精一杯聴く」 これだけだと言われます。

即ち、心理を勉強するのは、カウンセラーが必要だと思えばやればいいことで、それよりも 「クライエントがより良く生きようとする力と傾向を信じ、奥底の求めに関心を寄せて、語るところを素直に聴き、温かく生き生きと実感に基づく理解を伝える」、「その関わりを続けることを通して、その人の心の世界に近づく道を学び続ける」 覚悟が大事なんだと話されました。

例えば、初回面談で、クライエントが 「私は薬(ヤク)をやって刑務所に入ったの・・・ 昨日、刑務所から帰ってきたばかり。」 と言ったとき、貴方はどう応えるでしょう?

ここで、先生は 『私』が主語であること、『昨日』とわざわざ言っている事柄とその気持ちを理解しなければならないと言われます。

だから、反応する時は、素直にその部分を受けとめ 「昨日、帰ってきたばかりなの?」 と発音・発声にまで気をつけて温かい気持ちで応じること。

そう、必要なのは 「理論武装」ではなくて「やさしさ」、温かい気持ちの感度を磨くことなのですね。 一所懸命に聴いたつもりでも 「真剣」に聴いていないと、応じたときに 「相手の心に沁みない言葉」になってしまう。

唯々、先生の経験と人間力に深い感銘を受けて帰ってきた充実の一日でした。

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2008年3月 9日 (日)

おしゃべり

Photo 今日は大人の女性3人とランチタイム

というと、何やら濃厚な空気が・・・ と思いきや、レディもこのお年頃になると、そこに異性がいようがいまいが話題が明け透けで遠慮がほとんどありません。

しかも、ほぼ同年代ともなると、親の介護問題とか生活に密着したシリアスな内容が多くなります。でも、不思議と重くなったり、暗くなったりしないのは、彼女等のポジティヴな生き方によるものなのでしょう。

男でも女でも、それなりに人生長くやってると色々あるけれど、男の悩みや課題の多くが仕事関係に集約されるのに対して、女のそれは、家族のこと、親(義理の親も含む)のこと、子どものこと。 その上、最近は、女性の社会進出が進んで仕事のことまで加わるから、今の社会では、質的にはともかく、少なくとも量的には間違いなく女性に対する負荷が増えていますね。

でも、その負荷をプラスと感じるかマイナスと感じるかは本人次第、不安や不満は当然あっても、とにかくじっとしていて情勢が変わることはあまりないから行動してみることが大切と彼女たちは言います。

しかし、この熟女たち、その行動に力みや焦りが見られず、どことなくスロー&ソフト、場合によっては優雅にすら見えるのが、いつも不思議かつ新鮮です。

そう、世の中は、テレビやマスコミで繰り返し宣伝されるように「グローバル社会」には違いない。 だからといって、そこで生活する私たちがスピードと正確性ばかりを求められるのはちょっと違うとKidsは思うのです。

私たちは、それこそ証券マンのように一刻一刻の株価に反応しなければならない日常に居るわけではありません。 必ず相手がいて、相手の思いや状況があって、かつ、相手にだって考える時間が必要です。

タバコを咥えたら、空かさず火が差し出されるなんていう行動を鬱陶しく思わないのはお酒の席だからで、プライベートであれ、ビジネスであれ、いつも先回りして良かれと思う対応を示しても、相手によっては、不快に感じる場合が決して少なくないように思います。

要は、相手の「流れ」に沿うことでしょう。 「KY」じゃないですが、そう説諭している「偉い人」に限って「KY」であることが多く、事態を反って複雑にしてしまう状況が多々あります。

今の日本人の大半は、受動的であれ、能動的であれ、皆「生き急ぎ過ぎ」だとKidsは思います。 力みや焦りを伴った「過剰反応」はストレスフルで、しかも結果的にあまり必要性のないことが多いのに行動を迫られるパターンが多すぎます。

自分の出来る範囲で、自分を信じて悠々と人生を渡る彼女たちを見ていて、"自分もああなりたい" と思いながら、楽しくおしゃべりに興じた午後でした。

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2008年2月29日 (金)

怒り心頭!

Photo Kidsは、障害者が持てる能力を十分に発揮し、健常者と共に職場で働くことは、ノーマライゼーションの理念である成熟した社会のあるべき姿だと考えています。

ゆえに、企業においては、CSRを「企業の社会的責任」と解すよりも「企業の社会的信頼度」と捉え、障害者雇用に前向きに取り組むことが、いかに高邁な企業理念にも増して「良い会社」を表わすバロメーターの一つだと思います。

ところが、現実には、Kidsが勤める会社一つ取ってみても、障害者を「特別なもの」と捉え、”お客様(取引先)が嫌がる” ”人手が取られる” ”生産性が落ちる”等、まるで「忌避すべきもの」のような扱いを受ける場合が多く、その負の条件を改善しようとする努力を怠ってというよりは、最初から「ムリ・ムダ」で済ます気でいるのがありありと分かります。

そして、これは現場の意見に止まりません。

実は、先日、当社の多くの役員で構成される「コンプライアンス委員会」に臨んで思い知らされました。

某役員曰く、”現在、下請けの障害者に外注でやらせている仕事を自社でまかなったら良いんじゃないか?” 又、別の役員曰く、”月に5万円ずつ支払っている負担金がなくなると考えれば、1人工が1.3人工ぐらいになってもいいのではないか?” 担当部長曰く、”でも、実習させても言われたことが出来ないんですよね。 一つ終わると次の指示を待ってるだけで”

要するに、全てが「経費」としての考えにしか行き着かないのです。 これで、企業理念には、「単に収益性を上げるだけではなく、企業もまた社会の一員であるとの視点から『企業の社会的責任』を果たし・・・」なんて書いてあるのだから、呆れて物も言えません。

残念なのは、懸命のネットワーク作りの結果、紹介された良質の障害者(障害等級が軽度で性格も好い)ですら、先の理由で断らなければならない場合の多いこと。

何のために(本人を含め)皆で頑張ってきたのか、もうバカバカしくて、やってやれないから、社長に直談判して、それでもダメならこんな会社辞めてやろうかな!

でも、企業名が公表されて、取引先からも見捨てられ、沈んでいく姿を見たい気も(冷笑)

とにかく、ダメだな、この会社 !!

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2008年2月23日 (土)

利尻島

Photo 我が家のルーツが北海道であると言うことは、父が存命中、なんとなく漏らした言葉から 「ああ、そうなのか」 と思っていましたが、その父も末っ子で詳しいことは知らないらしく、「なんか島らしい」 ということだけが手がかりで、Kidsも特に調べてみようとはしませんでした。

それが、Kidsがちょうど北海道在住中に父の長兄が亡くなり、母からの電話で 「そういえば、伯母さんが伯父さんから聞いた話だっていうけど、利尻だってさ」 ということを聞かされ、「ああ、やっぱりそうか」 という想いが広がってきました。

というのも、20代後半に初めて旅行で利尻島を訪れた時、観光地を巡る合間に町中を行き来するなかで、例えば、会津藩士の墓とか小学校のたたずまいに何か惹かれるものがあって不思議に思った経緯があったからです。

しかし、『「リイ・シリ」(高い・山)のある島』 を開港・通商を求めていたロシアから護るために戦った多くは津軽・南部・仙台・秋田・庄内・会津藩と東北の諸藩で、これが我が家とどう繋がるのかは全くもって分かりません。

一番「らしい」想像は、食い詰め浪人であった我が祖先が出世を求めてこの諸藩の利尻行きにもぐり込んだというくらい(笑)、ご先祖様には申し訳ありませんが、当たらずとも遠からずというところではないでしょうか。まさか、元禄9年(1696)に漂着した8人の朝鮮人の末裔ということでもないでしょうし・・・

さて、その利尻島に今年は母を伴って再訪したいと思っています。だからといって、別段ルーツを巡る旅ではなく、単なる観光ですが、母も今年75歳になったのでいい機会だと考えています。

そこで、行くならやはりベストシーズンということで、いろいろ調べているのですが、夏は高いですね! ホテルなどは通常時の倍以上の料金というところも結構あって、ビンボーなKidsにとっては頭の痛いところです。 日程のことを考えると、格安ツアーとのマッチングもいまいちで、さて、どうするかな。

そういえば、時雨音羽って人をご存知ですか? 利尻島出身の作詞家で、フラック永井の歌った「君恋し」の作詞で有名です。 名前は知っていましたが、まさか利尻島出身とは! 利尻島役場のホームページに載っています。(笑)

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2008年2月14日 (木)

ティ&ファニーで朝食を

Photo_2 今晩、帰宅したらポストに「不在者連絡票」が、早速、連絡して届けてもらった金色の包み紙をウキウキしながらほどいたら、「ん?」 予想していたチョコではない別のものが表われました。

そのジャム風の瓶に入っていたのは、「ミルクジャム~ロイヤルミルクティ」

まあ、ジャムです。 間違いなく

見た目も間違いなくロイヤルミルクティ色。

そして、試しになめてみたら、これが目茶苦茶美味! これは癖になる味です。

しつこくなくて、まったりしていて、大人のフレイバーが鼻をくすぐる感じ。フッ(笑)

見た目が比較的似ているピーナッツバターも好きだけど、何の根拠もなくワンランク上の感じがする。

それにね、フフ(笑)  バーバリーのVD限定ハンカチーフも貰ったもんね。

羨ましいでしょ? でも、実は、「何の根拠もなく」 ひとりで盛り上がるのも大変なんですよ。

ちなみに、今日のVD(バレンタインデー)、Kidsの会社では「虚礼廃止」だそうで、少なくとも、Kidsの目に付く範囲でチョコの姿は一切拝めませんでした。

「3倍返し」がなくて助かりますが・・・ これも何かスッキリしないですね。

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ユニバーサルサービス

Photo 土曜日の落下事故で内転筋を痛めてしまい、結局2日間、会社を休む羽目になってしまいました。

それでも、連休明けに近くの整形外科に行ったら、「骨も問題ないし、内出血もしていないし、それだけやったら普通こんなもんじゃすまないよ。」と言われ、不幸中の幸いと胸を撫で下ろし、だからといって、歩けば痛いので殆ど寝てばかり、普段、時間が有ったら、とことん本でも読んでやろうと思っていたのに・・・読めないものですね。

そして、養生の末、とにかく歩けるようにはなったので、今日から職場復帰。 部長から「滑って転んで・・・じゃ労災のオバさんと一緒だな。」とおちょくられ、「ちゃんと危険予測をしながら注意深く降りたんだい!」と思ったものの、考えてみたら尚更悪いです。(笑)

さて、それはともかく、こうして不自由してみると、いつもと違う視点で物が見えることに気がつきました。

例えば「引力」! 今どき小学生だって、地球が太陽の周りを回っていることやニュートンとりんごの木のエピソードぐらいは知っているけれど、だからといって、大人だって普通実感することはないでしょう。

ところが、たまたま右手に下げていたトートバックを左手で持ったら、左足が地面に引きつけられるのが良く分かりました。 ズーンと重い引力でした。

また、駅の階段の上り下りが辛いので、出来るだけエスカレータ、エレベーターを使っていたら、地下鉄の駅の多くは、ホームから改札口までのエレベーターは有っても、改札口から地上へのエレベーターはないことを知りました。

因って、しかたなく階段を使って壁際を左側通行していると、曲がる度に手すりが右にいったり左にいったりして結構難儀することも分かりました。

なるほど、「人の立場になって」とか「同じ視点に立って」とかいっても、知識や情報として理解しているのと、身を持ってそれを経験するのとは大違いなのですね。

少なくても、今回の怪我でこうしたことが分かったことは、正に「怪我の功名」というか(?)

とても貴重な体験をしました。

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2008年2月10日 (日)

痛っ!

Photo 昨晩、アパートの階段から落ちて足と股の骨を痛めてしまいました。

外階段に屋根が無く、積雪があったので普段より注意していたつもりでしたが、後で考えれば、履物すら北海道とは違うのでもっとゆっくり降りるべきでした。(でも、それでも落ちたかも。母でなくて良かった!)

股の骨というのは、手すりの柵を足と股の間で挟んで止まったというわけです。

とにかく痛くて、胴体と左の股の付け根から先が分かれている感じ。歩けることは歩けるのですが、花魁道中のように足を外側から回さなければダメで、足を真っ直ぐ出して進むことができません。

おかげで、今日の予定は全部キャンセルのうえ、家から一歩も出ずに済ますはめに

寝て、DVDを見て、寝て、本を読んで、寝て、音楽を聴いて、寝て、DVDを見ての繰り返し

「骨休み」にはなったけど、今度は目が疲れてしまって、何も行動しないでいた割りにはグロッキー状態です。

さて、果たして明日は会社に行けるかな? うん、疲れたし(笑)

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2008年2月 9日 (土)

道路財源

Photo インターネットのビジネスサイトになかなか興味深い記事が出ていました。

今が旬の道路財源についてのコラムですが、政府自民党を「戦後のビジネスモデルであり、権力の源泉である道路特定財源を死守したいだけ」とバッサリ、又、返す刀で民主党を「洞爺湖サミットで環境問題を議論する日本が、今年ガソリンを下げましたといって、世界が納得するのか」と切捨てていました。

そして、問題は「ガソリン税などの道路財源が、相変わらず新しい道路に使われていることだ」と言います。 「ガソリンの値下げよりも使い道を変えるべきだ」という主張なのでした。

では、道路財源を何に使うのかと言えば、環境対策であり、その為には、一般道路に流用されている2兆円の道路財源を道路公団の借金返済に充て、高速道路の無料化を実現する。 そして、燃費の向上ならびに道路渋滞の緩和によってガソリンを節約し地球環境に貢献するべきだというのです。

正に慧眼です。 だいたい56年前の臨時措置が、当時の400倍のお金が使われるようになるまで放っておいたのもスゴイし、自民党は、如何に道路にお金がかかるか、どれだけ道路が必要かを力説しますが、私が以前暮らしていた北海道の田舎では、近辺に民家がまったく無く、人よりも動物が通ることが多いので「熊の道」と揶揄される山奥にまで舗装道路が通っていました。 そう、新しい道路はもういらない。少なくても、一般道路と高速道路合わせて年間8兆円の建設費なんている訳はないのです。

でも、ここでKidsはふと考えました。 確かに著者の考えは素晴らしいけれど、政治家や高級官僚の殆どは国立大や有名私大といった最高学府を卒業した秀才ばかりのはず、その誰もがこうした考えに辿り着かなかったのだろうか?

いや、多分、分かっているはずです。

要は、自民党は利権維持、そして、民主党は、耳障りのいいことばかりをアピールしていますが、眼目は選挙対策なのでしょう。

現代は、良くも悪くも「自己責任」が問われる時代です。 私たちもニュース等をよく吟味し、将来に向けて賢い選択をしていかなければなりませんね。

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2008年2月 2日 (土)

歩け、歩け!

Photo 最近、外出の機会が多く、ちょっと遠くまで足を延ばすことがあってよく電車に乗ります。

大抵が初めて行く場所なので、予めインターネットの乗り換え案内を見て出かけるのですが、北海道から帰ってきて驚いたことの一つに、私鉄、地下鉄、JRの相互乗り入れが益々進んで、一昔前には「田舎」だったところが「近郊」となって十分通勤圏内であったりすることがあって、いやぁ、便利になりましたね!

その反面、路線が錯綜して、インターネットでもなければ、地図を片手に目的地にたどり着くなんてわけにはなかなかいきそうにありません。 本来は「都会人」であるはずのKidsにしたところが、結構右往左往して時間をロスしてしまい、残りを翌日回しにしてしまったり。(笑)

特に参ってしまうのが、地下鉄です。 何だってあんなに分かりづらいのでしょう!

改札を出て、階段を降り、他線のプラットホームを通って、階段を上がり、連絡通路を延々と歩いて、又階段を降り(上がり)、乗り換え線の改札へ ・・ ・・ ・・ と思えば、今度は又、反対側のホームへ行くのに階段を下って ・・・ 正に迷路です。

そういえば、先般、視力障害者の外国人女性とお話していて、「視力障害者は音や臭い、触感等を頼りに歩くのですが、慣れてしまえば思うほど大変なことではありません。でも、日本の地下鉄は、ただでさえ歩きづらい上に工事をしていたり、進路が変わってしまうので大変です。」と言っていらして、強く心に残った次第。

健常者にしたって、日頃運動不足のKidsなどは、幹線駅でA線からB線に乗り換えの際に歩かなければならないのあの長~い通路だけで辟易します。 それにしても長過ぎますよね。 しかも無駄な距離を歩かされているような ・・・ すすきの駅から大通駅に続くオーロラタウンより数段長いように感じます。 まあ、仕事でなければ、メタボ解消に良いのでしょうが(笑)

まあ、要は土地の問題なんでしょうね。 好きで地下に鉄道を敷設したわけでもないでしょうから。

それにしても、都会人はよく歩きます。 ちなみにKidsの帯広の友人は、以前、万歩計を付けて測ったところ、平日の平均が400歩。 それが出張で東京に来たら、空港に着いて吉祥寺の事務所に着くまで20,000歩だったそうです! でも、彼は会社の真ん前のコンビニに行くのに車を出す人ですけど・・・(笑)

今はガソリン代の高騰で大変でしょうが、北海道の車社会が懐かしいです。

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2008年1月28日 (月)

空の旅

Photo 実を言うと、Kidsは飛行機があまり得意ではありません。

なぜなら、あんな巨大な鉄の塊が空に浮かぶのが信じられないとか、高所恐怖症であるわけではなくて、ただ非常に居心地が悪いからです。

まず第一に、居住空間が狭過ぎる! 特に3シートのB席なんか最悪です。

スーパーシートにでも乗れば違うのかもしれませんが、いつも価格comあたりで「格安航空券」を買うのが精一杯でノーマルシートしか乗ったことが無いKidsにとって、飛行機の座席というのはシートベルトも含めて「拘束具」としか思えません。

リクライングとて、前の座席でされたときの「大いなる迷惑」を考えると、後ろの座席の方に気の毒で使用する気にもなれないし、気圧のせいで乗るたび必ず耳が痛くなるし、乱気流はエクソシストとしか思えないし、景色だって綺麗なのはたまたま、雲の中に入ってしまえば、富士山に登って土産物屋(休憩所)の屋根しか見えなかった昔の社員旅行を思い出します。

でも、そんなに嫌いならなぜ乗るのかと問われれば、それは至って簡単、ただ速いからです。 だいたい、年間100日程度しか休みのない会社で、休みを有効利用するには飛行機を使うしかありません。

本当は、列車でのんびりと、最低1週間ぐらいかけて旅してみたいのですが、現実はそう甘くないのです。 せいぜい夏場、霧のため釧路発の飛行機が欠航になったのを聞き、帯広にいながら「飛行機が飛ばないから」という理由で会社を休んだ程度、可愛いものです。(笑)

又、最近は空も空港もかなり混雑しているようで、離陸着陸で待たされることしきり、こうなると唯一メリットである「速さ」すら有難味が薄れて、軟禁状態を一刻も早く解除して欲しいと祈るのみ。

やれやれ…何ならいっそのこと自家用戦闘機でも買いますか、トム・クルーズ付きで。

でも、そうなるとトム・クルーズが二人居ることになっちゃうか!(爆)

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2008年1月19日 (土)

氷点下

Photo 今朝、いきなり道東の友人から「水道管が凍った」とメールがありました。 メールによれば、今朝は-26.8℃だということで、いつも通り夜通しストーブをつけていたのに! ということ。

そうかと思えば、帯広のマイミクさんからは、「バスが来たのにドアが開かないあせあせ(飛び散る汗) えっ?まさか故障ですか??って思ってたら、しばれて開かなかっただけでした」 という日記が届きました。

そういえば、暖冬だ地球温暖化の影響だという割には、海外でもグリーンランドに記録的寒波が襲来し、ほぼ全島で氷点下25℃以下、氷の厚さは最大で50センチ。強い北風が吹き付け、「すさまじい寒さ」だとか

北海道については、Kidsも十勝に4年、札幌近郊に5年暮らしていて、十勝では-28℃も経験したので、まあ、寒いは寒いですが、本州とは住宅の造りが違って家の中はぬくぬくだし、車や電車・バスの中は暑いくらいなので大丈夫だろうと想像がつきますが、グリーンランドについては、元からのイメージもあって、聞くだけで 「寒そ~~~っ!」

まあ、北海道で真冬に外で遊んでいるのは、大方本州出身者だと相場が決まっていて、増してや、山奥の山小屋でキャンプファイアーをしたり、フリーフライトで気球を飛ばしたり、氷結した湖面に穴を空け、ウェットスーツを着て潜った「モグラ」が出て来たところをビニールハンマーで叩いたりするのは何処かの馬鹿者だけで(笑)、常識的な北海道人は絶対にやらないから、敢えていえば 「事故には充分お気を付けください」 ということぐらいでしょうか、何せ圧雪アイスバーンで時速60km以上で飛ばす運転者が普通にいるところなので…ここで言ってはマズイのかな?(笑)

ところで、この寒波、来週北海道に遊びに行こうと予定しているKidsへのデモンストレーションなのかも。 でも、神様だって何だって負けないもんね!

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2008年1月16日 (水)

生命力

Photo この土曜日に「マッスルミュージカル」を見に行ってきました。

マッスルミュージカルは、テレビ番組「筋肉番付」等で取り上げられたモンスターボックス(巨大跳び箱)やマウンテンバイクなどのパフォーマンスを元に創られた舞台で、台詞は一切ないけれど、音楽に乗って鍛えられた肉体が躍動する新しいかたちのミュージカルです。

出掛ける直前に見たHPの "筋肉で音を奏でる" というキャッチコピーには多少引きましたが(笑)、見終わった後の感想は、"なるほど…" と納得しました。

人間の肉体というものは、鍛え方次第でここまで強くなるのですね。

さすがに、メンバーはせいぜい30歳ぐらいまでの若者ですが、その圧倒的なパワーと生命力をまざまざと見せ付けられ「口あんぐり」、しかも、見ていて爽快感があり、まるで自分が踊ったり跳んだりしているかのようで、メタボの入口にいる身としては若干息が上がり気味だったかも(笑) これをミュージカルとして興行しようと思った事業センスには素直に脱帽です。

http://www.musclemusical.com/guide/about/concept.html

さて、打って変わって、その翌日の日曜日は、脳梗塞が原因で認知症、さらに脳梗塞腎不全になり、殆ど寝た切りの叔父を見舞いに行って来ました。

叔父は、元々新日本製鉄の前身である八幡製鉄から社命で大学院を卒業させてもらったほどのエリートで、入社後も順調に階段を上り、自他共に近い将来の役員を期待していたようですが、40代半ばで、突然関連会社への出向を言い渡されたのをおそらく契機にその数年後に発病しました。

最初の数年は軽い手足の痺れ程度で、まだ歩くこともでき、しっかりしていましたが、暫く見ない間にすっかり弱って、幼い頃、母親代わりにおぶったり、授業参観にまで行ったというKidsの母には、叔母が "誰が来てくれたの?" と言うと、"姉ちゃん" とはっきり言いますが、甥のKidsは、名前に聞き覚えはあるようですが、分かっているのかどうかよく分かりませんでした。

しかも最近は、何かに苛つくのか、叔母に暴力を振るったり、物を投げたりすると言います。 Kidsたちがいる間にも、会話が途切れた時にテーブルの上にあったカップを手で払うような状態が見られました。

でも、母が "大事な〇〇子さんにそんなことしたらダメよ。 ほら笑ってごらん" というと、顔を引きつらせながら笑う仕草を見せます。 "そうそう、そうしていれば元々良い男なんだから" と言うと、さらに…

そう、そんな叔父でも、まだ、運動能力も知力もあり、生命力はそこにあるのです。

その叔父を預かってくれる病院がなくて困っていると叔母は言います。 さすがに暴力に対しては、これ以上対応しきれない様子です。

老いも若きも違ったかたちの生命(いのち)があり、又、健康な者も病人も、障害者も生命に軽重はないはず。

むしろ、日本そのものの生命こそ末期症状ではないかと思いました。

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2008年1月12日 (土)

サービス

Photo Kidsは、10年前まで延べ約20年デパートで働いていました。

その頃、デパートには3Sという接客に及んでの行動指針があって、それは、「Smile(笑顔)」 「Speed(速さ)」「Sincerity(誠実)」の頭文字3つのSを示したものでした。 又、他にも「さしすせそ」(さわやか、しんせつ、すばやく、せっきゃく、そくじっこう」なんていうものがありました。

ところで、デパートを含む接客業は、一般にサービス業と呼ばれますが、最近仕事でまた、その小売流通業と少なからず関わることになっても、サービス業の基本は昔から何ら変わりはないようです。 三波春夫も言った 「お客様は神様です!」って、あれが未だに幅を利かせています。

しかし、客観的に言えば、当然なことに「お客様は神様」では決してありません。 ゆえに、ご奉仕サービスやおまけのサービスで「ともかく買っていただく」ことが出来たとしても、その事実が「生涯リピータ」になっていただけることを保証するわけではありません。

お客様は、どんなに崇められても「神様」ではないだけに相当我儘です。 まあ、ある程度の我儘は仕方がないにしても、時に傍若無人、コンプライアンス無視を強制される場合すら有ります。

だとすれば、サービスとは、こうした「偽神様」にまで顧客満足を図っていかなければならないのでしょうか?

Kidsは、こう考えます。

①サービス業は、サービスの理念(哲学)を持ち、お客様を選ぶこと

②サービス業は、サービスの理念をスタッフと具体化すること(「コンシェルジェ」の役割強化等)

③サービススタッフは、プロのコミュニケーションでお客様の購買目的と「心」を知ること

④サービススタッフは、知りたい情報、プロの知識(知恵)を伝え、センスと感動を売ること

⑤サービス業は、出来るサービスの限界を知り、お客様のご要望に応じられない場合は「リファー」する(応じられる所をご紹介する)こと 

デパート等、小売販売業にしても、物品販売以外(例えば、ヘアサロン、宿泊業、運送業)のサービス業にしても、サービスセンスの基本は「相手への思いやり」です。だから、常にお客様にとって、お店や自分が何を出来る存在なのかを知り、要望を満たす努力を続けると共に、出来ないことは出来ないとはっきり伝えることが真のサービスだと思います。

他とは抜きん出た斬新、かつエンターテイメント性のあるサービスを提供するためにも、己の領分を守り、徒にお客様に媚びないでその「心」を知り、精一杯お答えするために懸命の努力をしていくことが、本当の「神様」を見つける結果に繋がることでしょう。

何でも子どもの言うことを聞き、与えてやまないママのようなサービスは、お客様の成長のためにも良くないことなのです。

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2008年1月 5日 (土)

初心表明

Photo_2 Kidsの2008年の運勢はかなり良いようです。

おみくじに始まって、易、姓名判断、四柱推命、六星占術、西洋星占術、タロット、風水… インターネットでたまたま見ただけなので、手相は見てもらっていませんが、大方が以下のような感じ。

「積極的に人生を切り開く意欲がわいてくる、2008年のあなた。知らない世界、知らない分野に恐れず飛び込んでいくことが、飛躍のきっかけとなります。生活の基盤が築け、恋愛や趣味などの楽しみも満喫できる充実した一年となるでしょう。」
 
占いは基本的に良い時しか信じないことにしているので、これは信じることにしました。

「知らない世界、知らない分野」というところが、本当に知らないことなのか、それとも、やりたいんだけれども条件が揃わないで足踏みしている未体験の世界なのかは分かりませんが、きっかけを待つのではなく、きっかけを作る働きかけをもっとしていかなくてはいけないですね。

幸い去年から「仲間の輪」がどんどん広がってきて、仕事を除けば興味のあることがどんどん増えています。 本当に「生活の基盤が築け、恋愛や趣味などの楽しみも満喫できる充実した一年」なら嬉しいことこの上もありません。

一方、仕事の方は停滞気味です。

昨日初出社だったのですが、新年の挨拶もなし、正月どうだったというような話題もなし、いつも通りに机に座って与えられた仕事を淡々とこなしてきました。

上の方では、何やら正月から、いつも通り続けざまに「密室会議」をしているようで、「認め印」を貰うことすら出来ない状態。 だからといって、何が決まるわけでも、何の報告がされるでもなし、Kidsの直属の部長は " 馬鹿な考え休むに似たり " とうそぶいています。

普段から情報開示がされず、上位下達で物事を進めていくやり方はアナクロそのもの。 「提案」を出しても、こちらから聞くまで返事すらなく、ビジネスの提案は十中八九却下があって当然ですが、理由がよく分からないで不信感が募るばかりです。

まあ、あまり長くないかな、この会社も

ということで、2008年は、積極的に行動し、「知らない世界、知らない分野」を切り開いていくことに専心したいと思います

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2008年1月 3日 (木)

謹賀新年

Photo 正月そうそうやってしまいました。 メタボ街道一直線、カニ1.5kg完食です!

別に、正月のテレビで、チャンネルを変えても変えても表われるギャル曽根に対抗したわけではありません。

実は、我が家では、正月前から母・次弟が風邪をひいていて、最初は頭が痛い程度だったのが年明けとともに悪化して胃腸に来たらしく、気持ちが悪くて食べたくないといいます。

ところが、冷蔵庫には暮れに買いだめした魚が満杯状態。 マグロにサーモン、タコにしめ鯖、そしてカニ!

いくら冷蔵庫に入れてあるとはいえ、鮮度的にもそんなに持つものでもなし、増してや、魚担当の4番打者Kidsはピンピンしているので、末弟と処理してしまえと豪華に盛り付けてしまいました。

しかし、想定外のことが判明。 他の魚はともかく、末弟はカニがあまり得意でなく、その殆どがKidsに回ってくる事態になり

まあ、カニはKidsの大好物ですから、これ幸いとばかり、嬉々としてかぶりつき始めたのですが、さすがに独りで1.5kgはきつ過ぎます。

よって、途中何度も棄権しようと思ったのですが、その都度、今日の大学駅伝を思い出しながら、ここで負けたらこれから先悔いが残ると我が身を励まし、ついに完食!

早速、大田胃酸と三共胃腸薬をちゃんぽんで飲んで、こたつの脇に丸まりました。

この苦しさと幸せが入り混じったこの感じは正に人生そのものです。(笑) 初夢の二日目は、朝日の昇る海原をマグロとカニが舞い踊る夢に違いありません。

なんて言いつつ、その数時間後には、ハーゲンダッツの新作とコーヒーを3杯もお替りして飲んでいるKidsって、言うなればメタボの権化というか、 「でも、そんなの関係ねぇ~!」って「どんだけ~!」(笑)

一発で沈む恐れの高いKidsでした。

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2007年12月30日 (日)

お正月の準備

Photo 今日は休みの日なのに、さっさと起きて " いざ、お買物 " です!

そう、正月の準備、行き先は松原商店街。

松原商店街は「浜のアメ横」と呼ばれ、とにかく安くて有名な商店街です。 昭和27年に「松原安売り商店街」として発足し、戦後の物資が不足していた時代から安売りをモットーにしてきたそうです。

松原商店街は他の商店街とかなり違っています。 まずはアーケードが無く、お店が十字路のような感じで並んでいること。

看板のある店がかなり少ないこと。 道の真ん中辺りまで地べたに商品を並べているお店。 十字路の交差点の所にある八百屋では、空き箱になったダンボールをそのままビニールテントの上に放り投げて乗せていてその数20個~30個。

店頭で商品を煮たり焼いたりしながら売っているお店が多いこと。 おでん、焼き鳥、焼き豚、焼き芋、おからの煮付け等々。

麺(そば、うどん、蒸し麺、ラーメン…)だけ売っているお店、味噌の量り売りなど、昔懐かしのお店。

そして魚幸、「魚幸水産」は、毎日「マグロの解体ショー」をやっていることから、この商店街で最も有名なお店です。 しかも激安!

又、そういう「商店」に混じって、今様のお店もあります。 薬のチェーン店「HAC」、100円ショップ「ダイソー」、元祖10円まんじゅうの和ふ庵、パン・ケーキ店「BELLBE(ベルベ)、小さいながらもマルセンというスーパーもあって、このスーパーでレジに人が千切れるのを未だかつて見たことがありません。

要するに、庶民的というか雑然としているというか、それでいて活気があって… だから「浜のアメ横」なんですね!

聞くところによると、松原商店街では、平日でも平均20,000人弱の買物客が訪れるとか。 この間はTBSの安住アナが取材でうろついていました。

土日ともなれば、マイカー客でごった返し、しかも、駐車場が少ないため、幹線道路にまで違法駐車の車が並んで取締りの対象となっています。

さて、なんか買物の話をする予定が松原商店街の話になってしまいましたが、先にお伝えした通り、この商店街はKidsの「家の前」にあるので、極端に言えば、料理の途中で忘れた物に気が付いて「ちょっと行ってくる!」と走っても間に合う程度なのです。 だから、本当はわざわざ「お買物」でもない…

しかし、例年この時期は、行く時間によっては歩く隙間さえなくなってしまうので、良い物を手に入れるためには早く出かける必要があるのですね。

よって、早起きの〇〇文の得(戦利品)をしっかり得て(魚幸とは違ったさかな屋―人知れぬ名店 でしっかりマグロやカニを仕入れて←教えない!)ホクホク顔で帰ってきました。

いよいよ明日は大晦日、そしてもう一日寝るとお正月です。

皆さん、今年はお世話になりました。良いお年をお過ごしください。(ちなみにKidsはいいお歳です)

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2007年12月29日 (土)

消化試合

Photo 年末の仕事は野球の消化試合にちょっと似ていますね。

勿論、サービス業の方とか、世の中の休みの時に限って忙しく働かなくてはならない人もいて、うちもサービス業なのですが、内勤の管理部門は、多くの会社が通常の業務を休んでいるこの時期に殆ど急いでやる仕事も無く、増してや、大掃除を済ませた後では意欲も湧かず、営業時間だから、少ない「観客」の為にそれなりの仕事はしますが、「タイトル(報酬)」もかかってなければ、熱意は知れたものでしょう。

さて、そんな中、やたらとテンションの高い上級管理職が二人、「オーナーの息子で球団副社長」と「取締役スカウト部長」が、この期に及んで「何でうちにはいい人材が集まらないのか?」と、スカウト担当たちにまるで責が有るかのような「イジメ」をしていました。

だけど、なんたって契約金や年棒が他社に劣るうえ、「トレーニングセンター」も「保養所」も無し、「マッサージ」は自腹、おまけに、ろくなコーチもいないので、折角新人が入っても、才能を開花できずに辞めていく、だったら、そんな球団(会社)誰が選びますか? 何度も足を運ばれた学校だって迷惑なだけです。

そう、超高校級スラッガーやエースを取りたいと思ったら、少なくともお金以外に「相手に期待する熱いメッセージをどれだけ継続的に伝えていくか」ということに尽きます。 それには「会社の品格」をもっと高めなければ無理ですね。

まあ、今年のドラフトは粗方結果が出たことだし、今いる選手の契約更改にどれだけの提示が出来るか考えた方がいいのではないでしょうか。

ともかく、仕事納めの日に今の現状にイライラするより、いい初夢が見られるように「善行」に励むべきでしょう。

それにしても、ライフワークバランスって知らないのかね、この人たち?

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2007年12月24日 (月)

2007年 雑感

Deai 今年は、1月に失職し、5月にビルメン会社の人事に再就職しました。

5月にCDA試験に合格し、8月~10月にCDA養成講座のアシスタントを務めました。

10月に障害者職業生活相談員となり、障害者支援に携わり始めました。

これまで、毎年、年の瀬にその1年を振り返っては、溜息をつくことが多かったけど、この歳になってようやく、軸がブレなくなってきたような気がしています。

そう、キーワードは「人材支援」、そう言うとなんか格好いいですが、要は、他人との関わりの中に生きがいを感じる自分を見出した年でした。

まだまだ未熟で勉強することは多いけど、その勉強が苦痛(負担)ではなく楽しみ(意義)に感じています。

その理由の一番は、「師」を得たこと。 偶然の出会いがプランドハプンタンスだったことを実感。

二番目は、「仲間」が出来たこと。 それも自分にとって都合のいい「仲間」ではなく、特に相反する意見を戦わせても、結果的に自らを成長させてくれる仲間を見つけたこと。

三番目は、「自分は自分でしかない」ことを知ったこと。 だから、もう無理をして他人に合わせることはしない。 人間の多様性を理解しても、その全部と付き合えるわけではない。 Kidsのフィールドから外れている相手は「リファー」してしまう。(笑)

ということで、後は老後を共にしてくれる「親友」を探すことでしょうか?

これだけは、プランドハプンタンスに期待しても「遅きに失す」ことになりそうですね。

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2007年12月22日 (土)

品格

Photo 藤原正彦氏の「国家の品格」以来、数匹目のドジョウを狙ってか「〇〇の品格」というタイトルの本が毎月のように書店の店頭を飾っています。

坂東眞理子氏の大ベストセラー「女性の品格」、その続編(?)「親の品格」、小笹芳央氏の「会社の品格」、「男の品格」、「父親の品格」、「子どもの品格」 等々

中には、明らかに「数匹目のドジョウ」というのもあるようですが、その多くは「良書」で、これらの良書がベストセラーになるということは、その内容に共鳴、あるいは少なくとも関心がある日本人が多くいるということでしょう。 " 日本人もまだまだ捨てたものでない!" と意を強くしました。

しかし、日本人個々のレベルやその思いはともかく、日本社会は確実に病んでいますね。

つい先日、日本産業カウンセラー協会のアンケート調査で、「職場のいじめ」、パワーハラスメント(職権を背景とした嫌がらせ)が最も多く、8割近くに上ったという発表がありましたが、「子供のいじめが社会問題となっているが、大人社会も陰湿と言わざるを得ない。企業はまず実態を把握する努力が必要」というコメントに " 何を今さら! " と思ったサラリーマン(サラリーウーマン)も多いのではないかと思います。

Kidsの職場? 勿論有りますよ!(笑) 職位と職権がイコールだと思っている人間はどこの会社でもいるだろうと想像していますが、皆さんの会社では如何でしょうか?

「ののしる」・「怒鳴る」・「威嚇する」・「無視する」・「仲間はずれ」・「嫌がらせ」・「評価に反映させる」・・・など、さすがにトップはあまりしないと思いますが、その下あるいはそのさらに下あたりに「勘違い」が多いですね。

しかし、この10月には、パワハラ自殺を労災と認定する初の判決が東京地裁で出ていることだし、近い将来に「容疑者」は「殺人者」と変容して裁きを受けることになるかもしれません。

反論としては、「パワハラの相談が増えた一番の原因は雇用の形態や職場環境の変化、即ち、バブル崩壊後に進んだリストラと成果主義の導入により、削られた人員で結果を求められる職場環境が生まれたため、パワハラが増えている」、「10年前は上下関係にも余裕があった。でも仕事が質、量ともにアップし、ミスも許されない。上司と部下、双方に余裕がなくなっている」と言いますが、だからと言って「どの企業にも起こりうる問題」として片付けられるのも今のうちでしょう。

かつては精神的な問題を社員が抱えると「あいつは弱い」のひと言で切り捨てられましたが、まともな企業では、今は上司や社内環境に問題があることに気付き始めていて、一度問題になると、マスコミにも取り上げられ、賠償金の請求やイメージの低下など、企業の受ける打撃も大きいこと、又、何よりも、パワハラで有能な人材を失うことになれば、会社の経営にも直接響くことから対策を講じようとしています。

まともでない会社(笑)にも、今後、波及していくことでしょう。 そして、それを推進するには、我々も一人ひとりが「品格を意識」していても仕方がない。 その「品格を示す」行動を取ること、そうでないと、単なる自己満足で終わってしまいます。 「単なる自己満足」では「品格がある」とは言えませんね。

さて、話は変わりますが、いよいよ暮れも押し迫ってきました。 いろいろ楽しいイベントも多いことでしょうが、くれぐれも「品格を失わない」ようにご注意ください。

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2007年12月15日 (土)

名曲喫茶

Photo ふと入った本屋で、「東京クラシック地図」という本を見つけました。

手に取ってながめて見ると、これが実にマニアの心をくすぐる代物!

だって、ちなみに目次を列記してみると、第一章「誘い」~クラシックライフ道案内、第二章「憩う」~名曲が流れる隠れ家案内、第三章「巡る」~手始めの音楽ホール案内、第四章「こだわる」~至高のクラシック音楽専門店案内、 どうです?クラシックファンの皆さん、欲しくなりませんか?

早速、購入して、ドトールでコーヒーを啜りながらページをめくること暫し、" 名曲喫茶なんて、まだ、こんなに有ったんだ! " と意を強くして、早速、会社の帰りに行ってきました !!

店の名は「ライオン」、場所は渋谷の道玄坂2丁目。 正直言って、周りは風俗店やラブホテルなど、あんまり風紀がよろしい環境とは思いませんが、なぜ、ここに「名曲喫茶」と考えれば、おそらく、これは、どちらが先にあったかという関係でしょう。

さて、その「ライオン」、歴史の重みを感じさせるヨーロッパ風の一軒家。 店内に足を踏み入れれば、ここが平成の渋谷とは到底思えない異空間で、コンサートホールのステージのように店奥にスピーカが鎮座し、2階まで吹き抜けの空間に収まって、1、2階の全てスピーカーに向いた座席(いにしえの映画館風)を睥睨しているかの様。

店内は暗めで、天井にはシャンデリアが吊るされていますが、これが又レトロで、「照明」というよりは「雰囲気作り」の効果大です。

そして、1階にも3人しかお客さんはいませんでしたが、どうせならと2階の吹き抜けに近い席に座ってコーヒーを注文しました。 1杯 500円也。 ブラームスのヴァイオリンソナタが聞こえていました。

「ライオン」では、毎日15時、19時に「レコードコンサート」が催されているそうです。 この日は、たまたまジョン・フィールドのノクターン集、ショパンに影響を与えたという美しいノクターンを聴きながら、1時間ばかりゆったり(時々うとうと)して来ました。

ところで、ちょっとビックリ、というか、少しばかり感動したのが、この日この時間、確かに全店合わせても数人しかお客さんは入っていなかったものの、音楽以外、何の音も聴こえてきませんでした。(コーヒーを啜る音すら聞こえない) 名曲喫茶って、どこでもこうなんでしょうかね?

ということで、ちょっとした「昭和ツアー」を体験しましたが、これもなかなかのもの。 特に、クラシックにあまり関心のない友人や地方から遊びに来た知人を連れてきたら、後々まで話題になりそう。 今度は、阿佐ヶ谷、高円寺、吉祥寺等にも足を延ばしてみようかな!

ところで、「名曲喫茶」って呼び方、歴史の重みは感じるけれど、「ジャズ喫茶」に比べると大分マイナーな印象なのはKidsだけでしょうか?

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2007年12月 9日 (日)

人身事故

Photo_3 Kidsは、横浜から東横線・渋谷で半蔵門線に乗り継ぎ、半蔵門の会社に通勤していますが、この1週間、「人身事故」で電車が遅れるアナウンスを聞かない日は有りません。

年の暮れという時期的なものもあるのでしょうが、この「人身事故」ラッシュは、些か異常に感じます。

そこで、ここ2年間の「鉄道事故発生状況」を調べてみました。

  2006 2007
1月 78 65
2月 47 51
3月 49 69
4月 63 64
5月 45 89
6月 61 67
7月 67 84
8月 53 78
9月 63 74
10月 76 64
11月 78 91
12月 78  
758 796

明らかに増えています。 特に、5月と夏場(7~8月)、そして、11月、多分12月も…

まあ、「人身事故」といっても、「列車にはねられて死亡」というだけの発表しかないのが殆どなので、これが自殺なのか事故なのかはっきりしないのですが、ホームの乗客が故意でなく転落事故や接触事故に遭ったのならニュースになるので、多分、自殺でしょう。

" 迷惑この上ない! " と言いたいところですが、同時に、こうしたニュースに対し、「遅れる」ことにだけに意識を向けて、消極的にしろ肯定的に捉えながら通勤する日本人にKidsはある不気味さを感じています。

私たちは、こういう人たちを殺してしまう日本に生活しているってことなのに、誰も不思議に思ったり、憤りを感じたりしないのでしょうか?

自殺者は、確かに「弱虫」でしょうが、運もあります。 でたらめな会社にはいると、人並みの能力があっても自殺に追い込まれるケースも往往にあり、これまで「サラリーマンの悲哀」を数多く見てきたKidsにはある程度理解できます。

それとも、自分だけは競争に打ち勝って、会社にたくさん儲けさせて、いっぱい税金を払いたいという人が殆どなのか、通勤シーンを見ていると、そんなうがった見方もしたくなります。それとも、皆「冷静なおとな」なのかもしれませんね。

ところで、その自殺が若い人よりも中高年男性が多いことは、最近マスコミ等で伝えられたこともあって結構知られていますが、こういった中高年男性の自殺にはある傾向があるそうです。

それは、成功率が高いこと。 若い人のように未遂に終わる事はまずないそうです。

そして、精神科医やカウンセラーに相談する率が諸外国の男性に比べて極めて低い。 事前に友人や家族などに相談することもほとんどないそうです。

つまり、日本の男達は誰にも相談せず、悩みを全て自分で抱え込んだまま、死を選ぶ。 しかも確実に死ぬ。 孤独なことです。

そして、平成9年から平成10年にかけて急に増えてきた自殺者の内訳は、無職者と被雇用者が非常に多い。つまり失業者と何かを苦にしたサラリーマンが電車に飛び込んでいるようです。知人が言っていましたが、「今日電車に飛び込んだ人は明日の自分かもしれない

それでも " 人の迷惑を考えろ! " と批判する人はいるでしょう。当然ですが…。

しかし、「飛び込み」を実行する人は、" もう、これ以上、他人に迷惑をかけられない " から死ぬのであって、だから、一瞬で死ぬ可能性が高い手段を選んだとは考えられないでしょうか?

Kidsは、決して、鉄道自殺を擁護するわけではありません。 ただ、あまりに周囲が無感動かつ無関心なのに危機感を感じています。

最近読んだ本に「人は感情から老化する」という本がありましたが、若干論点は違うものの、この観点から見ると、日本人は年齢に関係なく皆老化の一途をたどっているような感じがしてなりません。

もはや戦後ではありません。 人も企業も国も「強さよりも善さが求められる時代が来た」のではないかと思います。

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2007年12月 2日 (日)

自己防衛

Photo_2 最近、仕事が忙しく、寝る時間を確保するのが精一杯な中、親戚を一人殺して(笑)ピアノのコンサートに行ってきました。

結論、すごく良かった! コンサートの内容については、 《 CDフリーク 》 を参照していただくことにして、人間やはり適度な息抜きが必要ですね。

と言うのも、ここのところ、日々緊張の仕放しで天張っていて、イライラはするし、皆がそうだから、職場がキスギスして鬱陶しい毎日だったのです。

体調も悪いし、だからといって帰るわけにもいかないし、従って、時折、どこかの部署で人が病気になったり死んだりするわけですが(爆)

というのも、今の会社は、昔と違って、数字や効率性を重視するあまり、限られた人数の従業員に過度な労働を強いる傾向にあります。

しかも、給与に「家族手当」や「住居手当」、その他が無くなってきていることから分かる通り、個人的あるいは家庭的な事情などは " そんなの関係な~い! " とばかりに人間関係が希薄になったので、従業員自らが「自己防衛」する必要があるわけです。

冗談ではなく、あなたが万一、大病を患ったら、一般の会社ならば、公休が無くなれば給与は支払われません。

しかも、ようやく直って出勤したら、座るところが無かったとか、そこまで露骨でなくとも、仕事の内容が変わって、心理的に追い詰められていってしまった多くの事例が見てきました。そう、「会社が守ってくれる」なんていうのは、もはや完全な幻想です。

会社には、休んだ間の「代わりの人」などいくらでもいます。 何故なら、代替わりできる人材を育てておくことは、会社のリスク管理の一つだし、第一、そんなに高度かつ重要な仕事に携わっている人間なんて、世の中にどれほどいるのでしょうか

そう、「自己防衛」は必要悪というか…、  「悪」なのかな???

それを「悪」と言うならば、むしろ、キャリアという概念が、「仕事」から「人生」にシフトしてきている時代に、会社が成果や効率性だけを追求する姿勢を取り続けることが大いに問題だと思うのです。 

企業は、その社会的使命について、もっと真剣に考えるべきだと思うのはKidsだけでしょうか? 

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2007年11月21日 (水)

みんなちがって、みんないい

Photo 昨日今日、二日間にわたり、終日「障害者職業生活相談員」の認定講習を受けました。

障害者の促進等に関する法律第79条の規定で、企業にあっては、5人以上の障害者を雇用する場合に「障害者職業生活相談員」の選任届出が必要です。

しかし、Kidsの会社では、これまでこの選任届出がなされていませんでした。

ところが、近年、障害者雇用が、誰もが職業を通して社会参加できる「共生社会」の実現に向けての一施策として重要視されるに至って、法定雇用率を達成していない企業への指導が強化され、取組みの遅れている当社に対して改善が求められる状況となりました。

こうした事態を受けて、当社もコンプライアンスの観点から「やらなければならないことは、やってないとまずいだろう」ということで受講することになったわけです。

でも、Kidsは、正直言って、とても複雑な気持ちです。

というのは、「やらなければならないことは、やってないとまずいだろう」というのは、「怒られるから宿題をしなければ…」という学生と同じで極めて消極的な態度だからです。

しかも、「障害者の雇入れ」にあたって、採用方針すら殆ど決定せずに「数さえ満たせばいい」と求人票を出し、「お客さんをお迎えする」式のやり方に反感すら感じます。

障害者であっても、企業が従業員を募集するということは、一緒に働く仲間(スタッフ)を求めることで、大げさに言えば、その人生に関わるということだと思うのです。

もちろん、健常者に比べて、特殊な事情を斟酌しなければならない点はあります。 しかし、少なくとも、就業可能な障害者は「健常な障害者」と認識すべきでしょう。

インフルエンザにかかってもいなければ、胃が痛いわけでもない。 疾病と障害は別物です。 障害は「個性」と考えて協働していくのが理想です。

この点、さすがに、法定雇用率を達成している企業は考え方、取り組み方が違います。

採用を入口とすれば、社会的な自己意識を触発するプログラム(教育・訓練)から職業リハビリテーション(カウンセリング)まで、トータル的に障害者が社会生活が出来るような施策を持ち、健常者と同じように会社の中でレベルアップしていくことができるような取組みをしている会社もあります。(大企業に限りません)

要はやはりマインドですね。 Kidsは、効率性ですら最終的にはその職場全体をリードするマインドによって決まると思います。

そのマインドで、「みんなちがって、みんないい」社会にしたいものです。

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2007年11月 4日 (日)

休日出勤

Photo 会社で「新人事制度」の運用が始まって、実施のための諸々の作業に追われて休日出勤しました。

本当はゆっくり休みたいのですが… 最近、体調が悪いのことだし

しかし、止むを得ません。 部下の女性たちが出てくるのに上司が休んでいるわけにもいかないし、第一、これ以上、仕事が溜まると職場放棄したくなりそうです。(笑)

そこで、出勤してみると、居るのは人事のみ。 でも、案の定、本部長殿はいませんでした。

まあ、「スワンの馬鹿」の課長(上川隆也の上司)みたいなものですから、居ない方が仕事がはかどるので、反ってありがたいというのはありますが、平役員でテレビの課長とは比べ物にならないくらい偉そうなくせに、部下の思いは全く読めないのですね。

でも、お蔭で、仕事は普段より格段に進みました。 部内のコミュニケーションもスムーズで、特に、女性スタッフは、優秀かつ頑張り屋が揃っていて頭が下がる思いです。

Kidsも、何だか夢中で、昼食も忘れて16時頃までPCに向かっていました。

それでも、さすがに休日を丸々潰すのは嫌になって、途中で止めて引き上げてきましたが、帰りにスパに寄って寝てきたにも関わらず、疲労度は増すばかりです。

何だか健康診断のレッドカードが気になりますが、平日に病院に行く閑はなく、あと少し頑張れば… と日延べする一方。

メンタル面が充実しているのは救いですが、そろそろヤバそうなので、考えなければいけませんね。

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2007年10月28日 (日)

出張

Photo 11月1日から適用する「新人事制度」の内容が役員会で承認されたのを受けて、全国各地の事業所で勤務する従業員にその内容を説明する目的で出張が続いています。

昔は出張に憧れていました。 若い頃、リゲインのCM「24時間働けますか !?」を見て育ったこともあり、出張する人=エリート みたいな感じがして、特に、海外出張に及んでは、「海外雄飛」の「雄」が猛々しく、「いつかは…」と密かに燃える思いがあったものです。

今でも多少そういう気持ちは残っていますが、それよりもデスク仕事から解放される嬉しさ(上司から、訳の分からない面倒な仕事を押し付けられずに済む)の方が強く、しかし、帰った後にやらなければならない仕事が山積している場合には、勘弁して欲しいこともあります。

もう一つ、出張時のデメリットとしては、最近、「さすがに若くないなぁ!」と感じることに、乗り物の移動がかったるいということがあります。 空港は勿論、この頃は電車のホームに行くにもエレベーターを設置したり、スロープやバリアフリーを設けたりしていますが、そこに行くまでの動線が考えられていなかったり、エスカレータを駆け上がる人たちの起てる「振動」に疲れてしまいます。

そうそう、エスカレーターと言えば、一昨日の出張で、大阪では、エスカレーターに乗る人は右に寄って乗り、エスカレーターを駆ける人は左を通ることを知りました。 東京と全く逆です。 ちなみに、外国ではどうなんでしょうね?

まあ、そのことはともかく、日帰り出張で短時間の滞在であっても、日頃馴染みのない土地に行けるのは、いくつかの新たな発見があって、ちょっとした楽しみでもあります。

その土地の事業所に勤める、これまで会ったこともない従業員との対話も、利害関係の殆どない間柄にあってはなかなか好いもので、結構打ち解けたりするものです。

こうしてみると、サラリーマンを元気づけたり、疲れさせる源の多くは、仕事ではなく「人」であることに気付かされます。 前から感じていることは、日本人は結構「エゴイスチック」ですね。 欧米人の「ドライ」とは角度が違うように思うのですが…

さて、明日は北海道行です。 大好きな北海道! でも、遊んでいるヒマは無さそうです。(泣) 仕事じゃ仕方ないですね。

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2007年10月21日 (日)

近況

Photo 2夜連続で映画のレイトショーに行きました。 小さな映画館で、テレビのCFで宣伝している映画ではないせいか比較的空いていて、ゆっくり見られました。

急に休日出勤となり、出勤前に予てから決まっていたCDAの勉強会に参加、その後、会社で18時まで仕事をしました。 普段、全く違う仕事をしている「志が同じ仲間」と居る方が、同じ会社で働いている「志が異なる社員」と過ごすよりも寛げます。

会社の定期診断の結果が出て、肝臓の判定がG評価。 最近、疲れやすいので、又、肝臓が悪いんじゃないかとは思っていたけど、予想以上に悪い結果。 普段、お酒は殆ど飲まないのでストレス…なのかもしれません。

急に寒くなってきて、風呂が有り難い季節となりました。 でも、家の狭くて寒い風呂場はどうも好きでなく、とはいえ、遠くに出かけて湯冷めするのも嫌なのでジレンマに陥っています。 北海道のほんの少し走れば温泉!という環境が懐かしいです。

明日は会社で「新人事制度模擬説明会」。 今週以降、各地で「従業員説明会」を開催するにあたって、"説明者がKidsで大丈夫か" ということで、役員の前で説明させられるらしいです。 そこで、明日、よんどころのない事情で休む部長が心配して 「大丈夫か?」 Kidsが 「どうせ人事の何をも知らない年寄り相手でしょう!?」 と返事をすると 「違いない」と笑っていました。

どうも薄給のうえ経済観念があまりないせいか、毎月20日前後は金欠病気味。 テレビで、目茶苦茶美味しいけれど量がちょっとしかないそば屋を見て、鼻で笑ってしまいました。

とにかく始終眠いので、冬眠したいです。

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2007年10月14日 (日)

組織変更

Photo_2 10月1日付で組織変更があり、5月に入社したばかりのK管理本部長が、人事総務本部長に横滑りしてきました。

K本部長は、S銀行の出身で、上場申請のための補強要員だったのが、会社が、いくつかの理由で上場を取り下げたため、前会社で営業の取締役の経験があるI本部長を営業に回しての異動のようです。

又、それとともに、経営企画部がなくなり、I専務が副社長となって、人事総務部・財務経理部のある6階へ来られました。

と、ここまでは、どこの会社にもある異動の話。

問題は、前述のK本部長が、I副社長の薫陶よろしく、仕事の訳のわからない部分に口を挿んでくること。 具体的に言えば、決定事項の方針変更、他部門の管轄である業務の請負い等。 しかも、自分では何もせず、部下に下ろすだけ。

そう、I副社長は社長の御曹司、ヤングエクゼクティブで将来の社長だから、言うことに反対を唱えるのはタブー。 従って、K本部長の仕事は「提灯持ち」なのです。

ところが、一方、現場は堪ったものではありません。Kidsの上司のS部長は、すっかり嫌気がさしたようで、最近体調が今ひとつだったことにかこつけて、すぐ居なくなってしまうようになりました。

Kidsも、このままでは、ただでさえ新人事制度への移行で忙しい中、余計なことまで背負わされてしまいそうで、どう避けるか検討中です。

まあ、理由があれば、やれと言われたことを引き受けるのに躊躇はありませんが、実は、先のヤンエグが、虎の威を借るバカ息子で、しかも、自分に地位相当の実力が備わっていると思い込んでいる様子。

でも、考えてみたら、そうさせておくような体制にした社長がバカなのかもしれないですね。

しかし、日本のサラリーマンってやつは、仕事の中身で悩むよりは、こうした理不尽な重圧で悩む方が、数段多いような気がします。 これが「格差」のもたらすストレスなんでしょう。

余分なエネルギーを費消しないよう淡々とやることにします。

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2007年10月13日 (土)

また、札幌行

Photo_3 CDA講座が終了し、アシスタントの仕事もなくなって、翌朝から札幌へ遊びに行ってきました。

しかし、CDA講座の「打ち上げ会」はすごかった!

二次会なんかは、"盛り上がった" なんていう言葉が慎ましく感じるほどで、"飲めや歌え踊れ" と竜宮城での宴もかくもあるかなと言わんばかり、ちょっと顔出すつもりが、結局、家に戻ったのは翌朝3時頃。

それで、羽田発7時の飛行機だから・・・、なんとか乗れたのはいいけれど、座ったとたんに爆睡しました。 従って、緊急時のシートベルト云々のアナウンスも機内サービスも受けずじまい。 目が覚めたら千歳空港でした。(笑)

そして、札幌に移動。 「彼女」(←見得はっている!)と待ち合わせの場所へ。

後は、映画にショッピング、温泉、カラオケ、ボウリング、寿司、ラーメン、スープカレー、イタリアンと大いに札幌を満喫してきました。

そんな中、特に印象に残ったところをいくつか述べると

先ず、映画では『クローズト・ノート』、『犯人に告ぐ』・『虚貌』等、ミステリー物が多い雫井 脩介氏の恋愛小説が原作ですが、氏のファンなのに、なぜかこの作品には食指が伸びず未読でした。(推理作家の恋愛物はどうも・・・という感覚があります)

まあ、それでも、相方が見たいと言ったわけで。そう言えば、この映画、例の沢尻エリカの「別にぃ」発言で話題になったから、少々興味があり、「まあ、いいか」とばかり見てみたというところ・・・

なかなか良かったです。 特に君代ちゃん、最近の子役は皆上手ですね。 それから先生役の竹内結子、昔と違って「ふっくら感」は減ったけど、癒し系であることに変わりはなく、特に、今回の役は適役だと思います。 ストーリーは途中で分かってしまったけど、結構いい映画だと思いました。

それから、札幌ラーメンの話。

Photo_5ラーメンは大好きで、札幌のラーメンも、北海道時代に何度も食べましたが、「北海道ウォーカー」のラーメン特集を見て、ランキング順に食べに行っても、まあ美味しいことは美味しいんだけれど・・・程度。 もしかすると、横浜の「シティボーイ」(笑